ショートショート『有っても梨の花』

有っても梨の花
宮中の栄華も、春の花のごとく儚きもの。
今をときめく女房も、明日には名を忘れられる。
夜更けの清涼殿。
清少納言は文机に向かい、今日の「をかしきもの」を書きつけていた。
ふと、御簾の外から声がした。
「……該当作梨……」
振り向くと、白い梨の花びらが一枚、畳に落ちているだけ。
翌朝、定子様の御前に出ると、女房たちは誰もこちらを見ない。
声をかけても、風が通り抜けるばかりだった。
机の上には、一枚の紙。
《該当作梨》
指先が透け、花びらに変わり、ひらひらと散っていく。
有っても、梨の花——はかないものだと悟る。
そのとき、紫式部の声が聞こえた。
低く、どこか歌うように。
「春を過ぎ、夏来にけらし白妙の
梨の花散り 名も移ろひぬ」
紫式部は一枚の花びらを指先でひねり、
ふっと息を吹きかけた。
最後の花びらが落ちたとき、
誰も、その名を思い出すことはなかった。
あとがき
毎週恒例の毎週ショートショートnoteお題「該当作梨」に参加させていただきました。
……いや、これが本当に難しい。
「該当作なし」と言えば、何かしらの賞に該当する作品がなかった、
つまり芥川賞などをめぐる物語?
あるいは素直に“梨”の物語?
はたまた、「該当作梨」という言葉だけを使った、とんでも展開の物語……?
とりあえず“梨”について調べてみると、バラ科のナシ属。
……梨は、梨でしかない。
せめてバラ科でもイチゴやリンゴなら話を膨らませやすそうなのに、と思いつつ、さらに資料を漁る。
そんな中で、目に留まったのが清少納言の言葉——
「有っても梨の花」
栄華は儚く、やがて散る梨の花。
そこから今回の物語は生まれました。
お題の「該当作梨」と、清少納言、そして世代交代の哀しみ。
短いながらも、そんな余韻を感じていただけたら幸いです。
この物語が、あなたの中で小さく花を咲かせたなら、
スキ・コメント・フォローで、そっと風を送ってください。
夜の街角でヘルメット越しに見上げた街灯の光は、
いつもと変わらぬのに、なぜか少しだけをかし。
そんな日々を綴った連載『配達員ろること2号』も更新中です。
清少納言が二十一世紀に生まれていたら、
きっとその光景を日記に書き留めたことでしょう。
※本作はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・出来事などは実在のものとは関係ありません。
また、一部の描写は実在するX(旧Twitter)ユーザーの投稿や活動に着想を得ていますが、特定の個人・団体との関連性はなく、内容は創作に基づいて構成されています。
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