短編小説『雲売りのエミール』

雲売りのエミール
雲を売る。
それが、エミールの仕事でした。
人の胸にたまった
かなしい気持ちや
ふあんの心を
すこしだけ吸いとると──
ちいさな灰色の雲に
変わるのです。
その雲に
「うれしい気持ち」や
「しあわせのねがい」を込めてなでると、
赤や青や金色にひかり、
花や鳥のかたちになって
空へとびたちます。
だから雲は、
心をかるくし、
空をかざる
ふしぎなたからものでした。
エミールは町から町へ、
村から村へと旅をして、
人びとの雲をあつめていました。
ある日、エミールは
山をこえて、
小さな村にたどりつきました。
そこにくらす人たちは
みんなにこにこ。
夕暮れの広場では歌声がひびき、
石窯からは焼きたてのパンの匂いがただよい、
子どもたちは木の風車を追いかけて走りまわっています。
お年よりはベンチに腰かけ、
あたたかいスープを分け合っていました。
「きっと、この村でも
雲をほしがる人がいるはずだ」
エミールは広場に立ち、
大きな声でよびかけました。
「雲はいりませんか!
心をかるくしてくれますよ!」
けれど……
だれも来ません。
「かなしい気持ち?
ふあん?
この村には、そんなものは
ないんですよ」
人びとは笑って、
そう言いました。
夜になって、
エミールはひとり、
袋をだきしめて考えました。
雲がなければ、
空はずっと青いまま。
雨もなく、
にじもなく、
夕立のすずしさも知らない。
それはきれいだけど、
すこしさびしい気がしました。
そして、胸の奥でふと思いました。
──雲がなければ、ぼくは誰の役にも立てないのだろうか。
旅をしてきた意味さえ、消えてしまうのだろうか。
エミールは、
自分のふあんでできた
ちいさな雲をとりだしました。
「人の心は雲になる。
ぼくの心だって、そうだ」
エミールは深く息を吸い、
決意をこめてそっとなでました。
「たとえ自分の心を差し出すことになっても……
どうか、この村の空をゆたかにしておくれ」
灰色の雲は
やさしい白に変わり、
ほのかに光りました。
あさ、
村の空には
ひとすじの雲がただよっていました。
子どもたちは
「めずらしい!」「わぁ、にじみたい!」とさけび、
お年よりは「鳥の羽に見えるよ」と目をほそめ、
人びとはにこにこ見あげました。
それは、かなしい気持ちから生まれたのではなく、
ただ空をかざるための雲でした。
エミールは荷物をまとめて、
また旅に出ました。
もう、この村に
雲売りはひつようありません。
でも、ひとすじの雲があれば、
それでじゅうぶん。
雲売りのエミールのあしどりは、
昨日よりも
すこし軽くなっていました。
あとがき
シロクマ文芸部に参加させていただきました。
今回のお題は「雲を売る」。
考えはじめたとき、どうしても「雲を売る」以外の発想が浮かばず、
とりあえず短編として書き上げました。
けれど読み返してみると──
それはただの「雲を売る少年の話」。
どこか在り来りに思えてしまいました。
そこで、思い切って童話風にしてみることに。
すると物語に少し不思議な色合いが加わり、
ぐっと面白くなりました。
ならば、もっと童話らしさを──。
そう思い、主人公に名前を与えることにしました。
最初に浮かんだのは「ヨハン」。
けれど調べてみるとドイツ人の名で、響きは少し堅い。
もっとメルヘンな名前がほしくて探し続け、
やがて「エーミール」という名に出会いました。
ビビッときたものの、日本語ではやや言いにくい。
そこで縮めて「エミール」。
調べてみると、フランス人の名前でもあり、
やわらかい響きが物語にしっくりとなじみました。
こうして主人公の名は「エミール」に決まりました。
次に悩んだのはタイトルです。
「ハーメルンの笛吹き男」のように
どこかメルヘンな響きを持たせたいと思い、
フランスの山「エギーユ」から着想を得て、
「エギーユの雲売り」という案も考えました。
けれど、旅を続ける少年には
もっとシンプルな呼び名の方が似合う気がしました。
──そうして最後に残ったのが、
「雲売りのエミール」だったのです。
もしこの物語を楽しんでいただけたなら、
どうぞ「スキ」「フォロー」「コメント」という小さな雲をひとつ投げていただければ幸いです。
連載中の『配達員ろること2号』も、
街の片隅で雲のように漂う日常を描いています。
Xではフードデリバリーの話を中心に、
時おり小説やAIイラストも浮かべていますので、
気軽に空を見上げるようにのぞいてみてください。
※本作はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・出来事などは実在のものとは関係ありません。
また、一部の描写は実在するX(旧Twitter)ユーザーの投稿や活動に着想を得ていますが、
特定の個人・団体との関連性はなく、内容は創作に基づいて構成されています。
いいなと思ったら応援しよう!
無理のない範囲で応援いただけたら嬉しいです。
チップはnote更新や資料費にあててます。
読んでもらえるだけでもありがたいっす。