111.松山城【加藤嘉明:久松松平家】 愛媛県松山市

松山城は1602年に豊臣秀吉麾下の名将・加藤嘉明(賤ケ岳の七本槍の1人)により築城。また城下を松山と命名したのも嘉明。
山頂の本丸には重要文化財の天守や櫓群が残り、現存天守12城の1つ。

はじめ6万石で伊予に封じられた嘉明でしたが、唐入り、関ヶ原の勲功で最終的に20万石の大名となり天守は5層という偉容を誇りました(その後陸奥会津にへと転封)。

江戸期のほとんどを治めたのは徳川家康の異父弟久松松平の系譜。
天守は3層に変更され、現在の天守は落雷による焼失から1854年に再建されたもの。

また昭和期に門や櫓が数多く復興されており、戦うお城の雰囲気が濃厚に残っています。
天守からの眺めは瀬戸内海を遠望、そして眼下に広がる城下町。現在の山の麓には、二之丸史跡庭園も整備。
本丸までは徒歩、リフト、ロープウェイの3種類から選べます。
ちょっぴりスリリングなリフトが最も手軽。


