人生の被害者になり加害者にもなる━経験値からみえる自分に━

40年ぐらい遡りますが
小学生のころの記憶が断片的で
運動会、修学旅行、遠足、会社見学会
当時の学校にはたくさんのイベントがありましたがわたしには欠落している部分が多い
確かに交流は行われていた。

私は小学生のころの記憶が余り残っていない、それは受け止められないほどの壮絶なイジメや家庭環境からの原因だと思っています。

教師など医者や警察、国のお墨付きを与えられた人格者は「偉い」「崇拝して」「絶対的な存在」そんな時代でを生きてきました。 
学校で先生に怒られたことを親に言うと、さらに親から倍の勢いで怒られ叩かれた。

先生は「絶対的な者」として君臨している。
暴言、平手打ちなどは日常的。
勉強ができないと
「落ちこぼれ」の烙印を押され
惨めな時を過ごさねばならなくなる。

クラスに40人ほど、それが8クラス
各学年でそれほどの生徒がいる
受け持ちの担任は40人を1人で対応する。

頭脳明晰な子も居れば
運動能力に長けてる子もいる。

わたしは落ちこぼれで
勉強も運動も何も出来なかった。
「出来なかった」というより
「そんなこと」をしている環境ではなかった。

一年生のころ、原因は忘れてしまったがバケツに水を汲み両手にひとつづつ持って廊下の立たされていた記憶がある。
そういうこともありました。

学年が上がると忘れ物が顕著にでてきて
毎日のように注意怒られることが多くなった。

たぶん、もう既にそのころから精神は病んでいたんだと思う。

三者面談、親と私と先生の学校での生活態度、家にいるときの生活などを話し共有する。

親がよく私に言っていたのは(私は男性)女のだったらいいのに。

ここまで読まれた方の中で気付かれた方は
これ以上読まれなくても結末はご理解されたと思います。

そういう環境で育つと……。
納得されていると思います。

逆に経験した教育について深掘りされたい方は続きを読んでください。

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時代的に人格否定からの教育ではなく強制して同じ人間を作り出すことを目的に学校があることをsnsの情報で知ることになります。

人格否定、短所を改善して長所はそのまま。
私は気が短くて、怒りっぽい、飽き性、
負けず嫌い。 
その当時を分析するとそんな感じでした。

学校で生活をどのように送っていたか断片的なことしかなく思い出せない部分が多いです。

小学生から中学生の期間はほぼ同じ地域にあるため小学生に培ってきたイメージや性格、人との対応力が引き継がれます。
小学生で仲間を作り上手くできる子は中学生でも同じような感じで行きます。

私は小学生の低学年からすでに落ちこぼれで勉強の通信簿(学期ごとに出される成績表)があり、5段階の評価で割り振りされて、私は全ての教科で「1」でした。
全く勉強出来ずに運動もできない子供として
「1」というレッテルを貼られ育ってきました。

イジメられてると認識し始めたのは3~4年生ぐらい。

クラスに私と同じような勉強ができない子がいて、先生から
「お前立ちは今日から3バカトリオ」
だと揶揄されていました。
(当時のテレビ番組でトリオが流行っていたことから)
頭をポンポンと叩かれながら、子供ながらの対応力で少し愛想笑いで誤魔化していた記憶があります。

勉強ができないことへの教師からの暴言
それを知ろうとも思わない「親」

遠足や行事ごとなどの記憶はほとんどなく、
イジメにあっていた記憶だけ断片的にも鮮明に残ってます。

特に遠足などはとても嬉しい行事のはずなのに。
私には記憶がない。

学年が上がるにしたがいそのイジメもエスカレートして、先生までも加担していくようになっていきました。


長い文章になると、言いたいことがボヤけてしまい、伝える自信もない。

ひとつの投稿を「点」として捉えてもらって
その「点」を繋ぎ線にしてもらえると
助かります。


今回の追記として

「イジメ」というのは小学生5~6生ぐらいまでは(成長過程にもよりますが)理解できないということを心理学の本で読んだことがあります。
 小学生ぐらいですと例えば、好意を抱いている異性に嫌がらせをする。
よくあることだと思います。
本人の意識がそこまで育ってないことでそういう態度になってしまう。

これはイジメも似たような意識がそうさせるらしい。あくまで「らしい」です。

イジメる側にその意識が芽生えていない。
悪口や叩くなどの好意は悪気があってやってることではない。
ということを本で知ってからはイジメに対してのトラウマのようなものはなくなりました。
 ただ、担任がそれに加担したのは人として許せない行為なので教育委員会に話をもっていったことがあります。



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