自分がコントロール星人だと知った日⭐️
娘の夏休みが始まった。
数日前、娘は地元のお祭りに友達と行っていた。
夕方の17時から19時は、お祭りの中休み時間で、娘も一旦うちに帰ってきた。
「夕ごはん、軽く食べていくよね。
おにぎりとお味噌汁でいい?」
と聞く私。
「お祭りの出店で食べるからいい。」
と、携帯電話を触りながら答える娘。
「夜、何時頃、迎えに行ったらいい?」
と、私は別の質問をした。
「またLINEする。」
私の問いかけに、淡々と真顔で短い言葉を返す娘の前で、私はなぜか、怒りと悲しさと寂しさがごちゃ混ぜになって、娘の前で、泣いていた。
「なんで、そんなに冷たいの?」
と言って泣いた。
娘を責めて罪悪感を与えたかったのだ。
そう、私は、意地悪な母親だ。
今日は、朝から洗濯機を二度回して、干して、朝ごはん作り、その後お皿を洗った。
じめじめした暑さも相まってか、全然家事を手伝ってくれずゲームをしている娘に私はこの時から、イライラしていたのだろう。
せめて私が用意した朝ごはんを、
「おいしいー。ありがとう。」
なんて言ってくれれば、少しは私の気分も良くなるのにさ。
ちょっと、母親の機嫌取るだけでしょ。
そんな簡単なことがなんで出来ないの?
そんなモヤモヤした気持ちの中、
私は主人に言った。
「ねえ。娘ちゃんさー。色々私がやってあげてんのに、つれない態度すぎて、私泣いちゃったんだよね。
一言でいいから、感謝の言葉とか
欲しいんだよね。」
「お前は、人を変えようとするもんなあ。俺は、別に何にも言ってもらえんでいいけどな。」
「それって私が、人をコントロールしようとしてるってこと?
ただ、私は、ありがとうって言ってほしいだけだよ。」
「別にコントロールしようとすることが悪いと言っているわけじゃなくて、人を変えることは、不可能だから、非効率すぎる。
それなら自分を変える方が楽やと、俺は思う。」
そう思えないから、苦しいんじゃないか。
主人の言っていることが、ただの正論のように聞こえて、苛立った。
主人の言葉を聞いて、ふと母のことを思い出した。
そういえば、私は幼い頃から、母にコントロールされるのがとても嫌だった。
小さい頃から、母の望む娘になろうと頑張っていたが、そうしているうちに、母がありのままの自分を愛してくれないことに怒りが湧いてきた。
ありのままの私を愛してくれないなら、
私もあなたのありのままを愛しません。
母親に対して、今もそんな不毛な戦いを心の中で挑んでいるような気がする。
いつしか私も母に私の望む母であるようにコントロールし返している事に気づき、ぞっとした。
母親の顔色を伺わない子に育てたい。
娘が生まれた時、私が1番心の中で願ったことだった。
私の顔色を伺わない娘は、今のところ私の機嫌を取る事はほとんどない。
私の願いは、100%叶っていたのだ。
そして、娘は、満面の笑みでお祭りから帰ってきてくれた。
私は、「昼間は泣いて罪悪感を感じさせようとしてごめんね。」
と言って娘を抱きしめた。
そうしたら、頭上のカチューシャのひよこと手首にキラリと光るブレスレットを、ゆらゆら揺らしながら、無邪気に笑ってくれた。

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このnoteのテーマは、
自分を愛し、自分らしく生きることです。
「これが私なんだな」と、ありのままの自分を今よりちょっと好きになれるような、そんな小さな気づきを綴っています。
読んでくれたあなたと一緒に、
「私に生まれてきてよかったな。」
という気持ちを味わえたら嬉しいです。
