放課後ディスコード
夕暮れの公園。ベンチに座るウチの横で、小学生の弟・ハルトがニヤニヤしながら水の入ったポリ袋を差し出してきた。
「ねえアオイお姉ちゃん、スマホのAIに聞いてみてよ。この袋に鉛筆を突き刺したらどうなるかって」
「えー、何それ」
だるそうに応じながら、ウチは片時も離さないスマホに向かって声を吹き込んだ。画面には、いつも完璧な答えをくれるAIの、知的な文字が滑らかに浮かび上がる。
『袋が摩擦熱で縮み、鉛筆に密着するため、水はこぼれません』
「へー、さすがAI。摩擦熱だってさ。賢いね」
「それ、大嘘だよ」
ハルトが待ってましたと言わんばかりに鼻で笑った。
「嘘? AIが間違えるわけないじゃん」
「じゃあ、実際にやってみようよ」
ハルトは袋に鉛筆をブスリと突き刺した。確かに水は一滴も漏れてこない。
「ほら、AIの言う通りじゃん」
「じゃあ、その刺さってる鉛筆を、ちょっとだけ後ろに抜いてみて」
言われるがまま、ウチが鉛筆を数センチ引き抜いた瞬間だった。
――シャーッ!!!
冷たい水がウチのローファーに勢いよく降り注ぐ。
「冷たっ! 何これ、めっちゃ漏れるんだけど!」
「でしょ? もし本当に熱で袋が縮んでピッタリくっついてるなら、ちょっと引いたくらいじゃ漏れないはずだよ。本当はね、鉛筆の太い部分が穴を無理やり押し広げて『栓』になってるだけなんだ。AIは、ネットにある『それっぽい間違った情報』を真に受けちゃったんだよ」
画面の中で、さっきまで絶対の正解に見えていた文字が、急にただの「知ったかぶり」に見えてきた。
「ウケる。AIのくせに騙されてやんの」
「じゃあ、次の実験。この水の袋を、火力の強いターボライターで炙ったらどうなるか、もう一回AIに聞いてみて」
ハルトがお父さんのキャンプ用のライターを取り出す。ウチはもう一度スマホに問いかけた。
『ターボライターであっても、熱が中の水で冷やされるため、袋が溶けることはありません』
「よし、実験だ!」
「危ないからウチがやる!」
ウチが奪い取って火を点けた、その一瞬後だった。
(シュボッ……バシャーーー!!!)
激しい破裂音とともに、大量の水が弾け飛んだ。
ターボライターの圧倒的な熱量は、水の冷却能力なんて遥かに超えていた。
「きゃああっ!?」
ウチの制服のスカートは完全に色を変え、ベンチの上に置いていたスマホは、波を被ったように大量の水を浴びて画面が真っ暗になった。
「あははは! やっぱり! 科学大勝利! 自分で試してみないと、本当のことなんて分からないんだ!」
大はしゃぎするハルトを横目に、ウチは絶望で立ち尽くしていた。
科学の面白さとか、情報の見極めの大切さとか、そんな高尚なことはどうでもいい。ウチのスマホ、完全に死んだんだけど。
その時、真っ暗だった画面が一瞬だけ、バグったように怪しく光った。
液晶の奥に、最後の力を振り絞るようにして、歪んだ文字が浮かび上がる。
『水没したスマホは、**摩擦熱**で乾かすと直ります』
「……直るんだ」
ウチは我を忘れ、壊れたスマホを両手で挟むと、手のひらが火を噴くほどの勢いで猛烈に擦り合わせ始めた。ゴシゴシゴシゴシ!!!
「待ってお姉ちゃん!!!」
ハルトが顔を真っ青にして叫ぶ。
「それ、さっきのAIの『嘘のデータ』の残りカスだから! 摩擦熱じゃ絶対に直らないからーーー!!」
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