創作文(晩秋)
その家は田舎の中でも、さらに人里離れた場所にあった。
裏庭のさらに後ろは杉の森。老木が背高く育っている。
ときおり風を受けると潮騒に似た音をとどろかせた。
森を背に、椅子が一脚置いてある。
腰をおろし、空中に視線を投げだした。
持ってきた珈琲はとうに冷めている。
少し残った液体が、内側に茶色く線を描きながら底で揺れていた。
目の前には畑があった。
夏の盛りを過ぎ、秋を過ぎ、冬を迎える直前。
もとは何だったのかも分からない、枯れた茎が風にそよいでいる。
杉の森は午後三時の太陽光線を遮っている。
一足早い夕暮れ。
乾燥して冷たい空気の中に、土と樹の匂いが混じる。
光線は杉に遮られ、その影が弱々しく裏庭に届いた。
青だ。
昼と夕方の間。
蒼と茜の間。
その一瞬の青。
指先は冷たく、カップを持つ手を何とか合わせても、ぬくもりが戻る事は無い。
ウールのコート、その高衿だけが、首元からの熱を逃がさない。
足元にはどこからか舞ってきた枯れ葉が転がる。視線で何とはなしに追う。
ポケットには音楽の再生機械がある。
再生すると、スモーキーな声と陰鬱な曲が流れる。
周りをいぶかしむ、安らぎのない曲。
ギターのアルペジオが溶けるよう。
後ろの森、さらにその奥から発砲音が聞こえた。
誰かが猟をしているのか。
それとも、威嚇用か。
それとも。それとも。
乾いた空気に放たれた発砲音は、寂寥感を駆り立てた。
背中に追い立てるような感情が走る。帰らなければ。
でもどこへ。
まるで抗うように座っている。
晩秋の空気に、寂しさに、負けはしないのだと、克服できるのだと、冷たい風の中に身を置く。
この冷たい空気を、杉の匂いを、夕暮れの一歩手前の一瞬を、今感じている思いを、心にもてあましている。
言葉の群れは、本当に言葉なのか、唸り声なのか、ただの空気音なのか。
仄暗い樹の影を誰かと分かち合うことはできるのか。
誰かの背中の寒さに、手を当てることはできるのか。
私は椅子を立った。
足首に冷たい手が触れるように、風が過ぎた。
※修正したものを再投稿しました。
