馬鹿な話が、したかった
昨日、地元の友達と会った。俺を入れて、四人。
夜に集まって、風呂に入って、飯を食って、解散した。露天風呂では、一時間近く、ただ喋っていた。
いい夜だった。
いい夜だったのに、帰り道、心に、小さな穴が空いているのに気づいた。
話題が、変わっていく
この年になると、話題が変わる。
昔は、馬鹿な話ばかりだった。俺たちは部活が同じで、あの頃の顧問がどうなったとか、今思えば感謝だよなとか、昔こんな遊びをしたよなとか。そういう話をする。懐かしい。あの時間は、確かに、あたたかい。
でも、それだけじゃ、終わらない。
この年代は、仕事の話をする。将来の話をする。最近どうなの、上司が厄介でさ、ボーナスこれくらい出たよ。彼女と同棲して、もうすぐ一年、結婚の話も出てる。
みんな、それぞれの現実を、持ち寄る。
俺は、空気を回していた
面白いのは、そういう話が出たとき、俺の反応だ。
その話に、自分がダメージを受けるより先に——俺は、空気のほうを気にしていた。
話が一部の人に偏っていないか。喋っていないやつがいないか。沈黙が続いていないか。俺は、話題を振って、間を埋めて、場を調整していた。自分の傷より、その場の温度を、先に守っていた。
たぶん、これは、俺の癖だ。悪い癖じゃない。でも、そうやって場を回している間、俺は、自分の現実を、後回しにしていた。
誰かが、言った
そのうち、誰かが言った。
「俺ら、もう30だぜ」。
そうだ。あと数年で、30だ。わかってる。わかってるけど、認めたくない。
周りはみんな、仕事をして、安定した職について、ボーナスをもらって、同棲して。着実に、前へ進んでいる。
対して、俺は。
わかってる。比較するもんじゃない、と。頭では、完璧にわかってる。
でも、わかっているのに、心に、少しずつ、穴が空いていく。
わかってる、が効かない
正直に書く。
俺たちの中で、いちばん勉強ができたのは、俺だった。成績もよかった。そこそこの大学にも行った。
でも、社会にいちばん適応できなかったのも、俺だ。
わかってる。俺には、普通の社会人が無理なことも。その道では、生きていけないことも。全部、頭では、わかっている。
わかっているのに、苦しい。
これが、いちばん厄介なところだ。「わかってる」は、この苦しさに、まったく効かない。理屈では、とっくに答えが出ている。比較するな。人それぞれだ。お前はお前の道を行け。全部、正しい。全部、わかってる。
なのに、感情だけが、その正しさを、聞いてくれない。
ボーナス60万手取りであったと話している横で、俺は、7000円が残高不足で引き出せなかったことを、笑い話に変えてみせた。うまく笑わせた、と思う。でも、笑いながら、その事実が、俺を少しずつ、食べていた。笑えば笑うほど、食べられていく。
本当は、馬鹿な話がしたかった
ここまで書いて、気づく。
俺が、本当に、寂しかったのは。
たぶん、比較そのものじゃない。
俺は、あいつらと、もっと馬鹿な話がしたかったんだ。
くだらない下ネタで、腹を抱えて笑いたかった。中身のない、どうでもいい話で、時間を潰したかった。昔みたいに。何の現実もない、ただ楽しいだけの時間を、過ごしたかった。
なのに、年々、話題が、現実のほうへ、傾いていく。
これは、誰のせいでもない。みんなが、ちゃんと大人になっているからだ。仕事があって、パートナーがいて、未来の計画がある。それは、いいことだ。祝うべきことだ。
でも、みんなが前に進むほど、あの、馬鹿でいられた場所が、少しずつ、遠くなっていく。
社会に対してだけじゃなかった。友達といる時間にすら、生きづらさが、静かに、積もっていく。それを、俺は、あの露天風呂で、感じていた。
それでも、同じ湯に
でも。
ひとつだけ、確かなことがある。
昨日、俺たちは、同じ露天風呂に、一時間、一緒に浸かっていた。
ボーナスの額も、同棲の話も、俺の笑い話も、全部、同じ湯の中で交わされた。進み方は、みんなバラバラだ。持ち寄る現実も、まるで違う。
それでも、あの一時間、俺たちは、同じ湯に浸かって、同じ話をして、同じ湯気の中にいた。
数字は比べられる。人生の進み具合も、比べられる。
でも、あの湯の中に一緒にいた事実は、比較の、外にある。
穴は、空いている。たぶん、これからも、少しずつ空いていく。みんなが進むたびに。俺が立ち止まるたびに。
それでも、あいつらは、俺を風呂に誘った。俺も、行った。馬鹿な話は、昔より減った。でも、まだ、ゼロじゃない。
また、誘われたら、行くと思う。
穴を抱えたまま、それでも、また、同じ湯に浸かりに行く。
たぶん、それで、いいんだと思う。
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コーヒー代にします。
あ、溜まったら焼肉に行かせてください....!!