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体温計を温めるプロだった

俺は昔から、よく風邪をひいていた。

もともと体が弱かったのは、本当だ。
でも、正直に言えば、半分は仮病だった。

理由は、単純だ。学校に、どうしても行きたくなかったから。

言えなかった

中学のとき、いじめられていた。

でも、それを親には相談できなかった。なぜ言えなかったのか。
ただ、あの家で「学校でいじめられている」と口にすることは、どうしても、できなかった。

だから俺は、嘘をついた。

風邪をひいた、と言って、学校を休んだ。頭が痛い、喉が痛い、熱っぽい。そう言えば、とりあえずその日は行かずに済んだ。嘘の風邪は、俺が自分を守るために覚えた、最初の技術だった。

風邪のときだけ

でも、風邪をひいていた理由は、もう一つある。

風邪をひいたときだけ、親が優しかったからだ。

俺の家は、よく怒鳴り声が上がる家だった。

でも、風邪をひいたときだけ、違った。

熱を出して寝ていると、親が、俺を見てくれる気がした。おでこに手を当ててくれる。おかゆを作ってくれる。声が、少しだけやわらかくなる。

普段は向けられない優しさが、そのときだけ、俺のほうを向く。

だから俺は、よく風邪をひいた。

体が弱かったからでも、学校が嫌だったからだけでもなく——優しさが、ほしかったからだ。

体温計を扱うプロ

そして、ここからが本題だ。

俺は、体温計を扱うプロだった。

熱を出すには、技術がいる。ただ寝ているだけでは、体温計は正直な数字しか返してこない。だから俺は、いろいろ試した。

脇でこするのは、基本だ。だが、これは安定しない。数字が暴れる。こすりすぎると不自然に高くなって、逆に怪しまれる。繊細なさじ加減が必要だった。

いろいろ研究した結果、いちばん効果があったのは、温めたタオルで脇を少しだけ温める方法だった。これをやると、ちょうどいい熱が出た。低すぎず、高すぎず、「これは休ませなきゃ」と思わせる、絶妙な数字。俺はそれを、自分の体で覚えていった。

いま思えば、俺は必死だった。

体温計の数字を操作して、優しさを引き出そうとしていた。愛を、計測しようとしていた。何度あれば、見てもらえるか。何度あれば、あの声がやわらかくなるか。子どもの俺は、それを一生懸命、計算していた。

秘密

ちなみに、一つだけ、今でも秘密にしていることがある。

無知だった中学生の俺は、あるとき思いついた。

体温計を、電子レンジで温めればいいんじゃないか、と。

……当たり前のように、壊れた。

うんともすんとも言わなくなった体温計を握りしめて、俺は青ざめた。あれは今でも、誰にも言っていない。親にもバレていない。たぶん、あの体温計がどうなったか、知っているのは世界で俺一人だ。

――そうまでして、俺は、見てほしかったんだと思う。

体温計を壊してまで、タオルで脇を温めてまで、熱をでっちあげてまで。ただ、あの家で、優しさのほうを向いてほしかった。

けなげだったな、と思う。惨めじゃない。あの頃の俺は、愛が足りない部屋で、それでも愛をすくい取る方法を、自分ひとりで探していたんだ。

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はる|六畳の観測者 コーヒー代にします。 あ、溜まったら焼肉に行かせてください....!!