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"HEEL CENA" — 僕らが愛し、憎んだ王の、残酷な戴冠記録

"White bricks, sniffed it one time, turned to heel Cena"

ラッパー、Westside Gunnはそう歌った。白い塊を一度吸い込んだだけで、あのJohn Cenaでさえ悪に染まる、と。この強烈な一節は、単なる比喩ではない。我々が2025年に目撃した、プロレス史における最も長く、最も奇妙な夢――あるいは悪夢――の始まりと終わりを、これほど的確に表現した言葉は他にないだろう。

みなさんは、ヒールシナ時代をどう考えただろうか。


我々の記憶に焼き付いているJohn Cenaとは、一体何だったのだろう。デビュー初期の、ただ生意気なだけのラッパーギミックではない。Vince McMahonという絶対君主に見出され、その寵愛を一身に受けて帝国の新たな顔となった、絶対的なスーパーベビーフェイス。どんな逆境でも「Never Give Up」を掲げ、子供たちの夢を背負い、人っ子一人殺さないような、完璧にクリーンな英雄。

だが、その完璧さ故に、我々の耳には常にあの地鳴りのような音が鳴り響いていた。アリーナの片側から湧き上がる子供たちの甲高い声援、「Let's go, Cena!」。そして、それに呼応するかのように、もう片側から叩きつけられる、プロレスを愛してやまない大人たちの野太い拒絶、「Cena Sucks!」。あの二重奏こそが、John Cenaという存在を、そして彼が君臨した「PGエラ」という奇妙な時代の全てを物語っていた。

我々の多くは、PGエラの神様だったJohn Cenaを、心の底からは認めてこなかっただろう。あまりにも鮮やかすぎる色のTシャツ、予測可能すぎる「勝利の方程式」。ショルダータックル、ショルダータックル、プロトボム、そして「You Can't See Me」の挑発から繰り出されるFive Knuckle Shuffle。最後に、決して洗練されることのなかった、あのどこか垢抜けないAttitude Adjustment(AA)で試合は決まる。それは、Stone Coldの暴力的なカタルシスや、The Rockの華麗なエンターテインメントを知る我々にとって、時に退屈な「お約束」ですらあった。それでも彼は、我々の憎悪と敬意が入り混じった奇妙な共犯関係の中で、団体の象徴としてRic Flairに並ぶ16回の最高王座を戴冠し続けたのだ。

やがて、我々の前から姿を消した英雄は、彼がかつて倒したはずの「某ハリウッド俳優」の背中を追いかけるように映画界へと進出する。"Fast & Furious"シリーズでは、こともあろうにスクリーンの中でAAを披露する始末。我々が作り上げたリングの上の神は、すっかりハリウッドの住人となり、もう二度と我々の前に本性を見せることはない――誰もがそう思っていた。

だが、2025年。男は帰ってきた。
自身のキャリアの終わりを告げる「引退ロード」と共に。それは、ファンへの感謝を伝える、穏やかな花道になるはずだった。しかし、彼が我々に用意していたのは、感謝の言葉ではなかった。

彼は、我々が20年近くもの間、心のどこかで開かれることを望み、同時に恐れていたパンドラの箱を、自らの手で、凄まじい音を立てて開けてしまったのである。

偶像の崩壊 — 2025年3月1日、あの夜の全て

全ての始まりは、Elimination Chamber 2025。John Cenaは、キャリアの集大成を見せるかのように、史上最多タイとなる4度目のチェンバー戦を制した。その瞬間、誰もがWrestleMania41での最後の栄光、つまりCody Rhodesとのベビーフェイス対決という、美しい物語を信じて疑わなかった。だが、その夜、我々が信じてきたJohn Cenaという「概念」は死んだ。

リングに現れたThe RockとTravis Scott。不穏な空気の中、Rhodesを抱きしめたCenaが見せたのは、友情の証ではなく、最も卑劣な裏切りの合図だった。The Rockの指示一つで、CenaはRhodesの股間を蹴り上げた。22年間、子供たちのヒーローであり続けた男が、最も下劣なヒールへと変貌した瞬間である。

それは単なる攻撃ではなかった。儀式だった。The Rockから贈られた友情の証であるロレックスの腕時計でRhodesを殴りつけ、流血させる。栄光の象徴であるはずのチャンピオンベルトを、憎悪の凶器として振り下ろす。あの夜、Cenaは自身のキャリア、そして我々が彼に押し付けてきた「正義」という名の偶像を、一つずつ、丁寧に、自らの手で破壊していったのだ。我々が長年浴びせ続けた「Cena Sucks」のチャントは、皮肉にも、最悪の形で現実のものとなったのである。

暴君"Mr. Hustle, Royalty, Disrespect"

WrestleMania 41でCody Rhodesから王座を奪い、前人未到の17度目の世界王者となったCenaは、もはや我々の知る男ではなかった。彼は、我々ファンが長年彼に抱いてきた不満や批判を、そのまま自身のキャラクターとして具現化したかのような、完璧な暴君と化した。

Randy Ortonとの試合では、レフェリーの死角を突く反則を繰り返し、かつてのライバルを嘲笑った。長年コミカルな役回りでファンに愛されてきたR-Truthに対しては、記者会見の場で何の脈絡もなくAAを見舞い、その尊厳を踏みにじった。CM Punkとの一戦では、勝利をかすめ取り、彼がかつて最も大切にしていたはずの「Hustle, Loyalty, Respect」という言葉を自ら冒涜した。

彼はマイクを握るたびに、我々ファンを罵倒した。「お前たちは、俺がベビーフェイスだった頃から俺を認めなかった」「俺が何をしてもブーイングを浴びせた」「ならば、お前たちが望むものをくれてやる。俺がこのプロレス界そのものを破滅させてやる」と。その言葉は、悲しいかな、的を射ていた。我々は彼の完璧な正義に飽き飽きし、どこかで彼の堕落を望んでいたのだ。そして、その醜い願望を突きつけられた我々に、彼を憎む以外の選択肢は残されていなかった。

鎮魂歌としての"HEEL CENA"

この狂乱の数ヶ月間が過ぎ去った後、Westside Gunnの曲がリリースされた時、多くのプロレスファンはハッとしたはずだ。なぜ、ハードコアなヒップホップアーティストの言葉が、我々の感情をこれほど的確に言い表しているのか、と。

"White bricks, sniffed it one time, turned to heel Cena"

この「白い塊 (White bricks)」とは何だったのか。それは単なる麻薬の比喩ではない。John Cenaという男を、22年間守り続けた禁忌を破らせるほどに狂わせた「甘美な毒」の正体だ。

それは、The Rockが象徴するハリウッドの富と名声という毒。
それは、誰も成し遂げたことのない17度目の戴冠という、歴史への執着という毒。
そして何より、キャリアの最後に、自分を正当に評価しなかったファンに復讐し、全てを破壊してでも自己を肯定しようとする、歪んだエゴイズムという名の、最も強力な毒だった。

Westside Gunnは、我々が5ヶ月かけて見せつけられた、この複雑で醜悪な人間の心理変化を、「白い塊を一度吸った」という、あまりにもシンプルで暴力的な言葉に凝縮した。それは、あのヒール・シナ時代全体に捧げられた、最も的確な鎮魂歌だったのだ。

贖罪の夏、そして「Never Give Up」への帰還

暴君の治世は、しかし、永遠には続かなかった。SummerSlamでのCody Rhodesとのストリートファイト。一度は試合から逃げようとしたCenaだったが、Rhodesによってリングに引きずり戻される。その姿は、もはや絶対的な暴君ではなく、自らが作り出した悪夢から逃げ惑う、一人の弱い人間のようにも見えた。

激闘の末、彼はRhodesに敗れ、王座を失った。そして、倒れ込む彼に追い打ちをかけるように、Brock Lesnarがリングに現れ、彼を容赦なく破壊した。それは、彼がヒールとして行ってきた全ての悪行に対する、あまりにも巨大な「報い」だった。観客は、憎むべき暴君の無残な姿に、ブーイングではなく、静かなカタルシスを感じていた。

この敗北と破壊によって、John Cenaは初めて「許された」のかもしれない。彼をヒールへと駆り立てた我々の憎悪も、彼が振りかざした暴力も、SummerSlamのリングの上で全てが清算された。彼はベビーフェイスに戻った。しかし、それはかつての汚れなきスーパーヒーローへの回帰ではない。一度は悪に堕ち、その罪を背負った上で、それでもなお「Never Give Up」を体現しようとする、一人の傷だらけの人間としての再出発だった。

我々が作り出した怪物

ヒール・シナ時代。それは、John Cenaという男が我々に見せた、最も人間臭く、最も醜く、そして最も魅力的な姿だったのかもしれない。我々は長年、完璧な偶像である彼に石を投げ続け、その結果、我々自身の醜い願望を映し出す怪物を生み出してしまった。

彼が引退するその日まで、我々はこの奇妙な数ヶ月間の記憶を抱き続けるだろう。そして、Westside Gunnのあのフレーズを耳にするたびに、思い出すに違いない。我々が愛し、憎んだ王が、自らの手で王冠を叩き割り、そして血塗れの素顔を晒した、あの忘れ得ぬ夏の日々を。


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