Clipse、15年目の独立宣言
傑作の裏にあったレーベルとの全面対決
伝説のヒップホップデュオ、Clipseが約15年の時を経て、ついにシーンに帰還する。兄弟であるPusha TとMalice(現在はNo Malice)によるこの再結成は、単なるノスタルジックなリユニオンではない。それは、個人的な悲劇、業界の非情なシステムとの闘争、そしてKanye Westとの複雑な関係性の清算を経て、自らの魂と表現の自由を買い戻した、壮絶な物語の末にたどり着いた「独立宣言」である。
新作アルバム『Let God Sort Em Out』の制作秘話を軸に、彼らが歩んだ苦難の道のりと、兄弟だからこそ乗り越えられた絆の本質を、ポッドキャストでの深い告白から解き明かしていく。
システムとの闘争史 ― 兄弟が一度、道を分かった理由
Clipseの物語は、常に音楽業界という巨大なシステムとの格闘の歴史であった。2002年のデビューアルバム『Lord Willin'』でシーンに衝撃を与えた彼らだが、その後の道は決して平坦ではなかった。特に、キャリアの転機となったのは、インターネット黎明期の混乱と、それがもたらしたファンダムの変化だった。
弟のMaliceは、当初ミックステープという非公式なフォーマットに抵抗があったと語る。彼にとっての音楽とは、あくまで「アルバム」という完成された作品であり、ストリートのブートレガ―が売るものではなかった。しかし、インターネットの台頭は、彼らの音楽を全く新しい層へと届けた。We Got It for Cheapミックステープシリーズはオンラインで爆発的な人気を博し、それまで想像もしなかった「白人の大学生」というファン層、通称「Clipsters」を生み出したのだ。
2006年、ニューヨークの伝説的なライブハウス「Knitting Factory」での公演は、その変化を兄弟が肌で感じた象徴的な出来事だった。ステージから見えたのは、自分たちのリリックを完璧に暗唱するだけでなく、着用しているBAPEのジャケットや特定のジーンズのモデルまで認識する、熱狂的な若い白人ファンたちの姿だった。それは、自分たちが意図していた客層とは異なるかもしれないが、間違いなく新たな可能性の扉が開いた瞬間だった。
しかし、この成功の裏で、兄弟、特にMaliceの心は業界への不信感によって蝕まれていく。大ヒットを記録し、批評家から絶賛された2ndアルバム『Hell Hath No Fury』に至るまでの道のりは、レーベルとの長きにわたる闘争であり、Pusha Tは当時を振り返り「我々はあらゆる意味で騙された」と断言する。この不条理な闘いが、Maliceに精神的な疲弊をもたらした。
活動休止の直接的な引き金となったのは、伝説的プロデューサー、Rick Rubinの自宅を訪れた夜のことだ。Pusha TとRubinが今後の展望を熱く語る中、Maliceの心はすでに決まっていた。「彼らが何を話そうと、僕はもう去るつもりだった」。その夜、ホテルのエレベーターで、彼はPusha Tに「もうこれ以上は続けられない」と告げた。それは、金銭的な成功や名声よりも、自分自身に対して誠実でありたいという切実な叫びだった。彼は「世界と親しくなりすぎた」と感じ、自分を見失う前に立ち止まる必要があったのだ。
驚くべきことに、Pusha Tはその決断に全く驚かなかったという。彼は兄が抱える苦悩をずっと感じ取っていた。「僕たちは多くを語らなくても通じ合える」と語るように、その深い兄弟愛こそが、袂を分かった後も互いを尊重し、それぞれの道を進むことを可能にしたのである。Maliceは信仰の道へ、Pusha TはソロアーティストとしてKanye West率いるG.O.O.D. Musicへ。二人の道は、ここで一度、大きく分かれることになった。
独立のための闘争 ― Kendrick Lamar参加曲が引き起こした全面対決
Maliceがシーンを離れ、自己と向き合う時間を持つ一方、Pusha Tはソロとして目覚ましい成功を収める。しかし、そのキャリアもまた、レーベルとの新たな闘争の始まりだった。特に、2018年のDrakeとのビーフで発表した楽曲"The Story of Adidon"以降、彼が所属するDef Jam(および親会社のUniversal Music Group)は、彼の歌詞に対して極度に神経質になる。「リリック委員会」と呼ばれる、本来はサンプling等の著作権をチェックする部門が、事実上の「検閲機関」として機能し始めたのだ。
Pusha Tは、彼の楽曲からDrakeに対する間接的な言及がないか、常に監視されるようになった。レーベルが彼の歌詞を誤解釈して問題視することさえあったという。この根深い対立構造は、Clipseの再結成アルバム制作において、ついに爆発点を迎える。
問題となったのは、Kendrick Lamarをフィーチャリングした楽曲"Chains and Whips"だった。2024年、DrakeとKendrick Lamarの間で歴史的なビーフが勃発した直後、ClipseがKendrick参加の楽曲を提出すると、レーベルの態度は硬化。全てのプロセスが停止した。レーベル側は、二人の「Drakeの敵」が手を組むという「見栄え(optics)」を問題視したのだ。
では、レーベルをそこまで硬直させた楽曲の中身とは、一体どのようなものだったのだろうか。その歌詞を紐解くと、彼らの懸念が単なる「見栄え」の問題ではなかったことが見えてくる。Pusha Tによるコーラスは、この曲の二重の意味を持つテーマを力強く提示する。
[Chorus: Pusha T]
Uncle said, "Nigga, you must be sick"
"All you talk about is just gettin' rich"
Choke my neck, nigga, and ice my bitch
Beat the system with chains and whips
叔父さんは言った、「お前は病気だな」
「金持ちになる話ばっかりじゃないか」
俺の首を締め上げろ(ダイヤのチェーンで)、俺の女も凍らせろ(ダイヤで)
鎖と鞭で、このシステムを打ち負かしてやる
ここで歌われる「Chains and whips(鎖と鞭)」は、ダイヤモンドの「チェーン」と高級車(Whip)という富の象徴であると同時に、奴隷制度を想起させる抑圧のメタファーでもある。「その鎖と鞭でシステムを打ち負かす」という一節は、富と名声という業界のゲームのルールそのものを逆手に取り、支配構造に抗うという彼らの姿勢を鮮明にしている。
しかし、レーベルにとって真の「爆弾」となったのは、疑いようもなくKendrick Lamarのヴァースだった。彼はDrakeとのビーフの熱気も冷めやらぬ中で、一切の妥協を排した攻撃的なリリックを叩きつけている。
[Verse 3: Kendrick Lamar]
I'm not the candidate to vibe with
I don't fuck with the kumbaya shit
...
Therapy showed me how to open up
It also showed me I don't give a fuck
...
Ain't genetics, been synthetic, screamin' they genius
A finger waved, they all fall, niggas is Jenga
俺は仲良くやるような相手じゃない
「みんなで仲良く」みたいなクソには付き合わない
...
セラピーは心を開く方法を教えてくれた
そして同時に、俺が何も気にしないということも教えてくれた
...
遺伝子(本物)じゃない、ずっと合成(偽物)だったくせに、天才だと叫んでいる
指一本で揺らせば、全員崩れ落ちる、奴らはジェンガだ
「Kumbaya shit(仲良しごっこ)」を拒絶し、「I don't give a fuck(知ったことか)」と宣言、そしてライバルを「synthetic(合成、偽物)」で「Jenga(ジェンガ)」のように脆いと断じる。これらの言葉は、明らかに特定の誰かに向けられた戦闘宣言であり、Universal Music Groupという巨大企業が自社に所属する最大級のスター(Drake)とのさらなる衝突を恐れるには十分すぎる内容だった。
彼らが検閲の口実として指摘したのは、歌詞に含まれる「Trump card(切り札)」というありふれた慣用句だった。レーベルは「トランプ(元大統領)との問題を避けたい」という、明らかに不自然な理由で楽曲のリリースを拒否。メールなど記録に残る形での連絡を避け、電話で何度もマネジメントに翻意を促したという。これは、彼らが明らかに何かを探していた、つまり検閲する口実を探していたことの証左だとPusha Tは考えている。
この攻撃的なリリックこそが、レーベルが「Trump card」という些細な口実の裏に隠したかった、本当の「問題」だったのである。彼らはメールなど記録に残る形での連絡を避け、電話で何度もマネジメントに翻意を促したという。
レーベルの最終通告は冷酷だった。「Kendrickのヴァースを削除するか、さもなくばClipseを契約からドロップする。ただし、Pusha Tは残ってもらう」。兄弟を引き裂くようなこの提案を、彼らが受け入れるはずもなかった。ここに至り、彼らは決断する。自らの表現の自由を守るために、自らの手で独立を勝ち取ることを。
最終的に、彼らはマネージャーのStephen Victorを通じて、レーベルに7桁ドル(数億円規模)の違約金を支払い、自らの契約を買い戻した。20年前に業界に「騙された」と感じた彼らが、20年後、自らの力で魂の自由を買い戻した瞬間だった。Maliceは、この一連の出来事を「前にも見た光景だ」と冷静に語る。彼にとって、音楽業界の構造的な問題は何一つ変わっていなかった。しかし、唯一違ったのは、今や彼らがその理不尽なシステムに屈するのではなく、正面から立ち向かい、打ち破る力を持っていたことである。
過去との決別、そして兄弟としての再出発
自らの手で未来を切り開いたClipse。その再出発は、過去の人間関係を清算し、兄弟として、そして家族として原点に立ち返るプロセスでもあった。
その象徴が、Kanye Westとの関係性だ。Pusha Tは長年、G.O.O.D. Musicの社長としてKanyeを支え、数々の名作を生み出してきた。しかし、彼はインタビューで明確に言い放つ。「音楽の外では、僕たちは何者にもなれない。彼の主義、モラル、考え方と僕のものは、ほとんど相容れない」。Maliceは、そんな弟の姿を「孤高の狼(a lone wolf)」のようだったと評する。忠誠心を重んじるがゆえに、Kanyeの周りの人々と相容れない状況に苦しむ弟を、兄として静かに見守っていたのだ。Pusha Tにとって、G.O.O.D. Musicを離れたことは、後悔も心残りもない、必然の決断だった。
この「清算」は、彼のリリックにも色濃く反映される。インタビューで語られたのは、Travis Scottとの間に起きたある事件だ。2023年、ClipseがパリのLouis Vuittonオフィスでアルバム制作に励んでいた最中、Travis Scottが自身のアルバム"Utopia"を聴かせにやってきた。その際、彼はPharrellとPusha Tへのディスが含まれていたDrakeのヴァースを意図的にスキップして再生したという。Pusha Tは、敵と味方の両方にいい顔をするこの行為を、自らの信条に反する「ダサい(corny)」ものだと断じた。そしてその怒りは、先行シングル"So Be It"で、計算され尽くしたヴァースとなって炸裂する。
[Verse 4: Pusha T]
You cried in front of me, you died in front of me
Calabasas took your bitch and your pride in front of me
Her Utopia had moved right up the street
...
They wouldn't believe it, but I can't unsee it
Lucky I ain't TMZ it, so be it, so be it
お前は俺の前で泣き、俺の前で死んだ
カラバサスがお前の女とプライドを俺の目の前で奪い去った
彼女の「ユートピア」は通りのすぐ先に引っ越していった
...
誰も信じないだろうが、俺はこの光景を忘れられない
俺がゴシップサイト(TMZ)にリークしなかっただけ幸運だと思え、然るべきなんだ
このヴァースは、単なる感情的なディスではない。第一に、これは極めて個人的な裏切りへの報復である。「俺の前で泣いた」という一節は、Travisがセレブ生活の重圧に苦しみ、Pusha Tに弱みを見せた過去を暴露するものだ。第二に、そしてより重要なのは、Pusha Tが守る「掟」の侵害への制裁である。彼はTravisを「忠誠心のない娼婦(whore)」と呼び、師であるKanyeを裏切り、リリシスト間の闘争を面白半分に煽る行為を「ラッパーのビジネス」を汚すものとして断罪する。
第三に、このヴァースは巧みなパワーゲームである。「カラバサスがお前の女とプライドを奪った」というラインは、Travisの元パートナーであるKylie Jennerと彼女の巨大なビジネス帝国(Kylie Cosmetics)を指している。それは「彼女はお前に頼らずとも成功している」という経済的・人格的な優位性を暗に示し、Travisを矮小化する効果を持つ。そして、「TMZにリークしなかっただけ幸運だ」という一撃は、自分が情報の支配者であり、ゴシップではなくアートの領域で裁きを下しているのだという、絶対的な矜持の表明に他ならない。「So be it(然るべきだ)」という言葉は、この一連の行為が、掟を破った者への必然の帰結であることを宣言しているのだ。
そして、この再結成アルバムが、他の何よりもまず「兄弟の物語」であることを最も強く示しているのが、オープニングを飾る楽曲"Birds Don't Sing"である。この曲は、数年前に相次いで亡くなった両親に捧げられた、あまりにもパーソナルで、痛みを伴うレクイエムだ。通常であればアルバムの最後に置かれがちな内省的なこの曲を、あえて冒頭に持ってきた理由を、Pusha Tは「この曲を作るプロセスが、耐え難いほどハードだったから」と説明する。
レコーディングは、彼らの盟友であるPharrell Williamsがクリエイティブ・ディレクターを務める、パリのLouis Vuittonのオフィスで行われた。豪華なアトリエの真ん中で、兄弟は両親との思い出や喪失の痛みを語り合い、言葉に詰まり、涙を流した。その場にいたスタッフ全員が、その痛みを共有し、アトリエは静まり返ったという。Pharrellは、その生々しい感情を一切逃さず、「傷口に塩を塗るように(Press the bruise)」、彼らの核心から言葉を引き出し続けた。
なぜ、この痛みを伴う曲からアルバムを始める必要があったのか。それは、両親という家族の礎を失った兄弟が、残された家族として再び結束し、自分たちの物語を再開するための、不可欠な儀式だったからだ。彼らが常に大切にしてきた「父親であることの責任」というテーマにも通じる、これは彼らの原点回帰であり、世界に対する新たな決意表明なのである。
Clipseの15年ぶりの帰還は、過去の名声に寄りかかる行為とは全く異なる。それは、音楽業界の圧力と戦い、複雑な人間関係を清算し、家族の喪失という深い悲しみを乗り越えた二人の男が、自らの表現と人生の主導権を完全に掌握した「独立宣言」に他ならない。彼らが紡ぐ音楽は、ヒップホップというアートフォームが、年齢や時代の変化を超えて、いかに深く、成熟し得るかを力強く証明している。
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