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310babiiが描くLAの未来

KendrickとTylerに見る新世代の野望

2023年、ロサンゼルス(LA)のヒップホップシーンは、静かな停滞の中にあった。かつて西海岸のサウンドを世界に轟かせたこの街から、シーン全体を定義するような決定的なヒット曲が生まれない「干ばつ」とも言える時期。その乾いた大地に恵みの雨をもたらしたのが、当時17歳の高校生 310babii の "Soak City" だった。

この楽曲は、LAのみならず世界的な現象となった。しかし、310babii というアーティストの本質は、この一曲の成功だけでは到底語り尽くせない。彼は単なるヒットメーカーではなく、自身が立つ場所、つまりLAヒップホップという複雑な生態系を驚くほど冷静に分析し、その未来像を独自に描こうとしている稀有な才能である。

彼の視線は、二つの異なる、しかし決定的に重要な方向を向いている。一つは、シーンの頂点に君臨する絶対的存在、Kendrick Lamar。もう一つは、あらゆる既成概念を破壊し続ける創造性の化身、Tyler, The Creator。この二人の偉大な先達に対する彼の眼差しを紐解くことで、310babii がLAヒップホップの単なる「次の一人」ではなく、そのルール自体を書き換えようとする「ゲームチェンジャー」であるという事実が浮かび上がってくる。

本記事では、310babii 自身の言葉を基に、彼が現代LAヒップホップシーンをどう捉え、その中でどのような役割を担い、どのような未来を描こうとしているのか、その野心と戦略の核心に迫る。


「LAは俺を受け入れていない」 冷静な自己分析とシーンへの違和感

310babii の思考の出発点は、驚くほど客観的で、ある意味では厳しい自己評価から始まる。"Soak City" が全米チャートを駆け上がり、LAから生まれた久々のメガヒットとなったにもかかわらず、彼は自身の置かれた状況をこう分析する。「LAは、俺が『俺たちのためにやってくれている』という感覚にさせてくれない」と。

この発言は、単なる不満や謙遜ではない。LAヒップホップシーンが持つ特有の文化構造に対する、彼の深い洞察に基づいている。歴史的に、LAのシーンはギャングカルチャーと密接に結びついており、「アフィリエーション(所属意識)」や「ストリートの信憑性」がアーティストの評価に大きく影響してきた。その文脈において、310babii の音楽は異質である。彼の楽曲は、対立や緊張ではなく、「楽しさ」と「ポジティブなエネルギー」を志向する。彼は「ただ音楽を作っているだけ」であり、既存のどの派閥にも属さない。

この音楽性の違いが、彼が感じる「LAからの距離感」の正体だ。彼は、人々が自分の曲で歌い踊るのは、「他に歌うべき曲がないからだ」とまで言い切る。これは、自身の成功を過小評価しているのではなく、シーンの主流とは異なる土俵で戦っているという自覚の表れである。

興味深いことに、この状況はかつての Kendrick Lamar とも重なる部分がある。Kendrick は今でこそLAの象徴的存在だが、キャリア初期においては、彼のコンシャス(意識的)な作風はシーンの主流から外れた存在と見なされていた。彼がLA全体から真に受け入れられるまでには、長い時間と数々の名作を必要とした。

310babii は、この歴史的文脈を肌で感じ取っている。だからこそ、彼はローカルな評価に一喜一憂しない。むしろ、その距離感を逆手に取り、特定のイメージに縛られることなく、自由な創作活動を行う基盤としているのだ。彼が完売したThe Novo(LAにある、2000人キャパの箱)でのライブは、LAが彼を受け入れていないという彼の感覚とは裏腹に、熱狂的な支持があることを証明したが、それでも彼は浮かれることなく、より大きな視点で自身の立ち位置を見定めている。彼は、LAに「媚びる」のではなく、LAが「無視できない」存在になることを選んだのである。

頂点との邂逅  Kendrick Lamarと「The Pop Out」が与えたもの

LAシーンとの微妙な距離感を認識する一方で、310babii の視線は、そのシーンの紛れもない頂点へと向けられている。その象徴が、Kendrick Lamar である。

2024年6月、Kendrick Lamar が主催した歴史的な一夜「The Pop Out: Ken & Friends」は、LAヒップホップの団結を示す一大イベントとなった。西海岸のレジェンドから若手までが一堂に会したそのステージに、310babii も Mustard のゲストとして登場した。彼にとって、この経験はキャリアにおける重要な転換点となる。

彼は、その夜の重要性を「まだ完全には理解できていない」と語る。イベントの渦中にいた当事者として、その歴史的意義を客観視するには、まだ時間がかかると感じているのだ。しかし、その夜に起きた一つの出来事が、彼の心に強烈な刻印を残した。それは、Kendrick Lamar 本人との短い接触――固い握手だった。

「ケンドリックが俺を気に入ってくれているか、ずっと気になっていた」と彼は吐露する。多くのLAアーティストから支持を得ることと、シーンの「トップ」であるKendrickから認められることの間には、天と地ほどの差がある。彼にとって、あの握手は単なる挨拶以上の意味を持っていた。それは、自分が進む道の先に、あの頂上が確かに存在するという実感を与えた瞬間だった。

この経験以降、310babii の目標はより明確になる。彼が求めるのは、単に Kendrick と曲を作ることではない。それは「頭痛の種になるだけだ」と現実的に語るように、表面的なコラボレーションには興味がない。彼が本当に求めているのは、Kendrick Lamar という存在が象徴する「LAのトップアーティスト」としての地位と、そこに至るまでの正統な評価である。

彼は、BETアワードにノミネートされたことが、その道筋における重要な一歩だったと認識している。テレビで自分の名前が呼ばれ、何十万人もの視聴者にその存在が示されたこと。一つ一つの実績を積み重ね、ドミノを倒すようにして、少しずつ頂点へと近づいていく。310babii は、派手な近道ではなく、着実な王道を歩むことで、Kendrick が立つ場所を目指しているのだ。

進化への渇望  なぜ彼はTyler, The Creatorに惹かれるのか

Kendrick Lamar が「目指すべき頂点」だとすれば、310babii にとって Tyler, The Creator は「なるべき理想像」である。彼が Tyler について語る言葉には、他の誰にも向けられない、特別な熱量と敬意が込められている。

310babii は、Tylerとの出会いを熱望している。しかし、その理由は極めて具体的かつ音楽的だ。彼が求めるのは、多くのアーティストが追い求めるような、話題性のあるフィーチャリングではない。彼が渇望するのは、「プロダクションでの共同作業」である。

「彼は自分の楽器をすべて自分で演奏する」。この一言に、310babii の探求心のすべてが集約されている。Tyler は、既存のビートの上でラップをするだけでなく、楽曲の設計図そのものから創造する真のクリエイターだ。310babii は、Tyler とスタジオに入ることで、自身の音楽制作に対する考え方を根底から変えるような「何か」が起こることを期待しているのだ。

彼は、Tyler が自身のヒーローである Pharrell Williams と出会い、音楽的視野を大きく広げたエピソードを引き合いに出す。310babii は、自分にとっての Pharrell が Tyler であると感じている。彼はまだ、そうした音楽的メンターと呼べる存在に出会っていない。「ストリートの奴らとはたくさん会った。でも、俺の考え方や音楽の作り方を変えてくれるような天才にはまだ会っていない」。この言葉は、彼の孤独と、音楽的成長に対する純粋な渇望を物語っている。

多くの若手アーティストが、ファッションや交友関係といった「アティテュード」で自身をブランディングしようとする中、310babii の関心は常に音楽そのものにある。彼にとって、Tyler, The Creator という存在は、誰にも迎合せず、自身の創造性だけで世界を納得させてきた理想のアーティスト像なのだ。彼が Tyler に見ているのは、単なる成功者ではなく、音楽と共に進化し続ける「プロセス」そのものである。


「ゲームの生徒」として描く未来図

LAは俺を受け入れていないかもしれない」という冷静な現状認識。
頂点に立つKendrickに認められたい」という明確な野心。
天才であるTylerと共に音楽を創造したい」という純粋な探求心。

これら三つの視点は、310babii が自身を「ゲームの生徒 (student of the game)」と位置づけていることから生まれる。彼は、自分が置かれたヒップホップという名の「ゲーム」のルールを深く学び、その上で自分だけの勝利の方程式を導き出そうとしている。

彼は、多くのアーティストが陥る罠――つまり、他人の評価やシーンの流行に振り回されることから距離を置く。LAシーンが彼をどう評価しようと、彼は自身の音楽を作り続ける。なぜなら、彼の成功はLAの内部からではなく、TikTokというグローバルなプラットフォームから生まれたからだ。彼はローカルな力学に縛られない、新世代のプレイヤーなのである。

彼の戦略は明快だ。Kendrick Lamar のように、誰もが認めざるを得ない実績を積み重ねることで、「トップ」としての地位を確立する。同時に、Tyler, The Creator のように、常に創造性を更新し続け、誰も予測できない音楽を生み出すことで、「唯一無二」の存在となる。

310babii が描く未来は、彼一人の成功物語ではない。それは、LAヒップホップの未来そのものでもある。彼のように、ストリートの文脈に依存せず、純粋な音楽の楽しさと創造性で世界と繋がるアーティストが主流となる時代。それは、LAヒップホップが新たな黄金期を迎えるための一つの可能性を示唆している。

iPhone一つで始まった彼の旅は、今やLAヒップホップ全体の未来を占う壮大な物語へと変わりつつある。彼はこれからも学び、進化し、我々の予想を裏切り続けるだろう。310babii は、LAの過去をリスペクトし、現在を冷静に分析し、そして未来を自らの手で創造しようとしている。我々はその歴史的な瞬間の、始まりを目撃しているのかもしれない。


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