ASAP RockyとDaBaby:「花を贈り合う」無私なコラボレーション論
「自分が歌詞の手伝いを頼んだ唯一の人間」
ヒップホップは、その本質において競技的な音楽ジャンルだ。誰が最も優れたリリシストか、誰が最もハードなパンチラインを持つか、そうした序列意識はこのカルチャーのDNAに深く刻まれている。だからこそ、あるトップアーティストが別のトップアーティストを公の場で率直に称賛する場面は、それだけで事件性を帯びる。
ASAP Rockyが自身のアルバムが全米1位を獲得したタイミングで、「歌詞を書く手伝いを頼んだ唯一の人間がDaBabyだ」と公言し、彼を「ヒップホップ界で最もドープ(卓越した)なリリシストの一人」と評価したことは、まさにそのような事件だった。DaBabyはBootleg Kevとのインタビューでこのエピソードを振り返り、ASAP Rockyの行為を「無私」という言葉で繰り返し称えた。
本記事では、このインタビューで明かされた二人の交流の全貌を読み解き、ヒップホップにおけるコラボレーションの理想的なあり方を考察する。
スタジオでの数日間:創造性が交差する瞬間
ビジョンボードとカート型スタジオ
DaBabyがASAP Rockyのスタジオに招かれた際、彼はその制作環境に強烈な印象を受けた。ASAP Rockyはビジョンボード、視覚的なインスピレーションをまとめたコラージュボード、を用いて、アルバム全体の方向性を設計していたという。色彩、テクスチャー、ムード、映像的なイメージ。音楽を「音」だけでなく「視覚体験」として構想するASAP Rockyの手法は、DaBabyにとって新鮮な発見だった。
ASAP Rockyはファッション、映像、グラフィックデザインなど、音楽以外の領域でも高い美的感覚で知られるアーティストだ。New York(ニューヨーク)のHarlem(ハーレム)出身で、2010年代初頭からヒップホップシーンの最前線に立ち続けてきた彼のクリエイティブプロセスは、音楽制作という枠を超えた「総合芸術」としてのラップを志向している。
DaBabyは「こういうタイプの人間と同じ部屋にいるとき、自分はスポンジになる」と表現した。North Carolina(ノースカロライナ州)Charlotte(シャーロット)で独自のスタイルを築き上げてきた彼にとって、ASAP Rockyの多角的なアプローチは、自身の制作手法を拡張するための貴重な教材となったのだ。
「ヴァイブ」という名の共同制作
二人のスタジオでのやり取りについて、DaBabyは重要な証言を残している。それは「具体的な歌詞の指示やゴーストライティングのような関係ではなかった」ということだ。「こう言った方がいい」「このラインをこう変えろ」といった具体的な指導は一切なく、二人はただ「ヴァイブした」(自然な流れに任せて音楽的な交流を楽しんだ)のだという。
この証言は、ASAP Rockyが公の場でDaBabyの名前を出した際の文脈をより深く理解するために重要だ。ASAP Rockyは「歌詞を書く手伝いを頼んだ」と表現したが、DaBabyによれば実態は互いの創造性が自然に触発し合う空間の共有だった。つまりASAP Rockyは、厳密な意味での「ソングライティングの委託」ではなく、DaBabyの存在そのものが自身のクリエイティビティに正の影響を与えたことを認めたのだ。
ここに、ASAP Rockyの「無私さ」の本質がある。彼は自分の手柄を分け与えたのではなく、「この人間の存在が自分の音楽を良くした」という事実を素直に公表したのだ。ヒップホップのように自己主張と覇権意識が強いカルチャーにおいて、これは意識的な勇気を要する行為である。
「それ、お前だよ」:8ヶ月後に発見された声の再利用
ピッチダウンされた声の正体
このインタビューの中で最も印象的なエピソードの一つが、DaBabyの声がASAP Rockyの楽曲に予想外の形で使われていたという話だ。
経緯はこうだ。二人がスタジオで共同作業を行った約8ヶ月後、ASAP RockyはDaBabyを再びスタジオに招き、互いの新曲を聴かせ合った。その際、ASAP Rockyがある楽曲を再生したところ、曲中にピッチを下げて加工されたボーカルが使われているパートがあった。DaBabyはそれを聴いて「何か聴き覚えがある」と感じた。するとASAP Rockyは笑いながら「それ、お前だよ」と明かしたのだ。
つまりASAP Rockyは、以前のスタジオセッションでDaBabyが即興的に録音したボーカルテイクの一部を、別の楽曲のサウンドデザイン素材として再利用していたのだ。声のピッチを変え、楽曲の質感を構成する一要素として組み込む、これは単純な「フィーチャリング」とは根本的に異なるアプローチだ。
プロダクションの視座が変わる瞬間
DaBabyはこのエピソードから受けた影響について、率直に語っている。「自分なら思いつかないやり方だった」と。ラッパーとしてビートの上にヴァースを乗せることに長けたDaBabyにとって、ボーカルを「楽器」や「テクスチャー」として扱うASAP Rockyの手法は、プロダクションに対する認識そのものを変える体験だった。
この体験が、"Be More Grateful" でDaBabyがプロダクションに深く関与するようになった一因であることは想像に難くない。彼は今作で「アルバム全体でプロデューサークレジットを得られるほど制作に携わった」と語っており、ドラムの配置やサウンドの質感に至るまで細部にこだわったという。ASAP Rockyのスタジオで目撃した「音楽を解体し、再構築する」というアプローチが、DaBabyの制作哲学に確実に組み込まれているのだ。
「過小評価されたリリシスト」:なぜ公に花を贈ることが難しいのか
ヒップホップにおける称賛のタブー
DaBabyはインタビューの中で、「多くのアーティストが非公開の場では自分に花を贈ってくれるが、公の場では言わない」と明かした。この発言は、ヒップホップ界の構造的な問題を鋭く衝いている。
ヒップホップは、その成り立ちからして「自分こそが最高だ」と主張することが求められるジャンルだ。MCバトルの歴史、ディスソングの文化、「GOAT(Greatest of All Time、史上最高)」をめぐる終わりなき議論、これらすべてが、アーティスト同士の関係を「ゼロサムゲーム」、つまり一方が上がれば他方が下がるという構図で捉えることを促している。
このような環境では、他のアーティストを公然と称賛することは、自身の「最強」というブランドを毀損するリスクとして計算される。「あいつは最高のリリシストだ」と公言すれば、「じゃあお前は?」という暗黙の疑問が生じる。だからこそ多くのアーティストは、プライベートでは相手のスキルを認めつつも、公の場ではその言葉を飲み込むのだ。
ASAP Rockyが破った暗黙のルール
だからこそ、ASAP Rockyの行為の価値は際立つ。全米1位という最も注目を集めるタイミングで、他のアーティストの名前を挙げて称賛する、それも「唯一歌詞の手伝いを頼んだ人間」という、自身のクリエイティブプロセスに他者を招き入れたことを公にするという形で。
DaBabyが「あの言い方自体が無私なんだ。俺がアルバムに何か書いたと思わせるような表現だけど、実際に俺たちが一緒に作った曲はアルバムに入っていない」と語った部分は特に重要だ。ASAP Rockyは、実際にはDaBabyの直接的な貢献がアルバムに反映されていないにもかかわらず、DaBabyの名前を出した。これは「恩返し」や「義理」ではなく、純粋な敬意の表明なのだ。
DaBabyはこの行為に「最大限のリスペクト」を表明している。なぜなら、公に花を贈ることの難しさを、業界の内側にいる人間として身をもって知っているからだ。
「自分も同じだけ受け取った」:コラボレーションの理想形
一方通行ではない影響関係
DaBabyのインタビューで繰り返し印象的なのは、彼がASAP Rockyとの関係を決して一方的な師弟関係として描かない点だ。「自分が彼に与えたものと同じか、それ以上のものを受け取った」という言葉は、この交流が真に双方向的なものであったことを示している。
ASAP Rockyのスタジオでの数日間は、DaBabyにとってビジョンボード、サウンドデザイン、プロダクションの細部へのこだわりを学ぶ機会だった。一方でASAP Rockyにとっては、DaBabyのリリカルな即興力、マイクの前での瞬発力に触れる貴重な体験だったはずだ。DaBabyの持つ「ビートを渡されれば即座にヴァースを乗せる」という能力は、緻密に計画を立てるタイプのASAP Rockyとは対照的であり、だからこそ互いに刺激を受けたのだろう。
「花を贈り合う」文化の可能性
このエピソードが示唆するのは、ヒップホップにおけるコラボレーションの新しいモデルだ。従来のコラボレーションは、しばしば「話題性のための共演」や「マーケティング上の利害の一致」として消費されてきた。しかしASAP RockyとDaBabyの関係は、それとは明確に異なる。
二人の間には、楽曲の制作や商業的な利益を超えた、純粋なクリエイティブの交換が存在する。そしてASAP Rockyが公の場でDaBabyの名前を出したことは、その交換を「業界の秘密」として隠しておくのではなく、ファンやメディアに対しても開放するという選択だった。
DaBabyが繰り返し「無私」という言葉を使うのは、まさにこの点に対してだ。自分の手柄を独り占めせず、影響を受けた相手に公然と敬意を表する。そして相手もまた、同じ度量で返す。これこそが、ヒップホップにおける「花を贈り合う」文化の理想形なのである。
"Be More Grateful"、もっと感謝せよ。DaBabyがASAP Rockyに対して抱く感謝の念は、このアルバムタイトルの最も美しい実例の一つだ。そして、公に花を贈る勇気を持つアーティストがもっと増えれば、ヒップホップの風景はより豊かなものになるだろう。
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