火避けの地蔵(東郷)
【物語】
昔、村の老人がこのお堂の前を通りかかると、大勢の子どもたちが地蔵さまを持ち出して川の中で遊んでいました。
お爺さんが大声で叱りつけ、川の中から地蔵さまを拾い上げ、きれいに洗いもとのところに返して家に帰りました。
ところが、お爺さんは急にお腹が痛み出してたいそう苦しみました。お婆さんは心配していろいろ尋ねると、今日子どもたちを叱ったことを思い出して、その話をしました。
「お地蔵さまは子どもたちの守り神。せっかく子どもたちと仲良く遊んで居られるのを、おまえさんが邪魔したので、その罰があたったのさ」と言いました。
お爺さんは驚いて、家の者をやり、お地蔵さまにお詫びをしたら、腹痛がすっかり良くなりました。
【言い伝え】
村の人たちは、火事があると、この地蔵さまを持ち出してきます。すると、急に火の方向が変わって災難を、逃れることができるそうです。
赤や緑の胸かけを当ててあり、子どもが病気したおりには、この胸かけを借りてきて当ててやると、病気が治るとも伝えられています。
『宗像伝説風土記〈上〉』
火避けの地蔵(東郷)より




よく読むと似たようなお話しは、たしか『遠野物語』にもあった。お地蔵さまと子どもたちとの遊びは、大人からみたら罰当たりではあるが……。
それにしても、お爺さん本人ではなく、家の者がお詫びに行って腹痛が治るという、なんとも寛大なお地蔵さまでもありますね。
さて、この「火避けの地蔵」、詳しい住所や地図は示されておらず、ある程度の地名や文脈から想像し、あとは現地を歩き回る。
今回は文中に、
「東郷から原町に通じる道を、鉄道線路を越したすぐ右側に地蔵堂があります」
火避けの地蔵(東郷)より
というのが決め手で探しやすかった。
お堂の中には「火除け地蔵」があり、書物とは表記が違う面白さ、新旧の火除け地蔵、他にも不動明王、弘法大師など、語られていない歴史にも触れることができた。
また、石塔に「牛馬供養塔」があり、「安政」の文字が彫られていた。安政と言えば、歴史の授業では安政の大獄を習った。幕末、井伊直弼が桜田門で暗殺された、桜田門外の変である。江戸時代末期の物と思うと、よくぞ残っていたと驚く。
