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天の道~真実の行方 6話

  解き放された秘密①

数日後の夜、瞳は小川由美と二人で病棟スタッフが日頃のうっぷんを晴らす
場所として頻回に利用する居酒屋『呑』でジョッキを傾けていた。
仕事を終えて遅れてやって来た由美が、2杯目の焼酎を注文する頃
瞳は3杯目のビールジョッキを飲み干した。

「私、4杯目だよ!小川ちゃん早く追いついてよ、なんなら、それ一気飲みしてみる?」
「えー!そんな無理です~だって先輩強いんだもの~」
飲み方が〝ザル”と呼ばれる瞳は、ビールジョッキ12杯の記録を持つ。
最初はビールで通すが、その内お腹が膨れてくるのとトイレ通いが始まるので後はチャンポンになる。

ウィスキー、焼酎、カクテル、なんでもござれというから驚き桃の木
そして、飲んだ後でも普段とあまり変わらない様子から
゛ザル”の異名をとるのも納得出来よう。

幾日か前に、由美から「話がある」と電話が入り瞳が「連絡する」と
言ったものの、二人の時間が折り合わず延び延びとなっていたのが
ようやく今夜実現したのだが……由美は中々切り出さなかった。
瞳が思うに、由美は辞める事を考えているのではないかと推測していた。

4月から新卒ナースとして3階病棟へ来た由美。
二人配属されたうち由美以外の片方は、8ヶ月の間に5名入れ替わっていた
その度に、とっかえひっかえ、せっせと送られていた新人も3階病棟は
新人の続かない所、と判断され由美が一人で残る事となった。

他の新人ナースがある程度、仕事にも慣れ明るい表情で、頑張っているのに対し、由美はどこかしら活気に欠け、取り残されたような疎外感を味わっているようにも見えた。
社会人としての一歩が此処である。
新人としては仕事を覚えるのが精一杯の時期に、初めて接する上司が
小早川では、どれほど精神的苦痛を強いられた事か想像がつく。

ゆれゆえ、由美に対する周囲からの期待は大きかった。
見込みがある、頑張り屋さん、将来の師長候補、等々噂された。
由美のみならず、「3階病棟は根性がないと居られない」と
他の職員からも一目置かれる程だ。

看護学校を優秀な成績で卒業したと聞かされている由美。
実際の年齢より落ち着いて見えるのは口数の少ないせいか?
確かに粘り強い性格のようだこれまた新人いびりも大好きな小早川に
何かにつけて「この馬鹿女め!」と、ひどい言葉を浴びせられながらも
健気に頑張る姿がある。しかし、時折見せる暗い表情が
瞳は気になっていた。

お酒が入り、普段よりは良く笑っている由美と、他愛のないお喋りで盛り上がっていたところで
「実は、この間の……お話があるって言った件なんですけど」
ようやく由美が意を決したかのように口を開こうとした時、予感があたっているかも、と、確信めいたものを感じた瞳は
「ちょっと待ってよ、悪い話じゃないでしょうね?だとしたら
心の準備が必要だから」

6杯目の飲みかけのビールを置き、深く深呼吸を吐いて
「はい……どうぞ」と繋げた。
改まった瞳の態度に少し口元を緩めた後、由美は1か月近く前に
自分が遭遇してしまった、ある悲しい出来事を語り始めた。

その間、悩み、苦しみ、ずっと胸に秘めて来たと言う。
「私は、看護師としての初めての経験が此処で始まり
そりゃあ……小早川先生の存在は……何でこんな思いまでしなきゃ
なんないの?と、数多く私を悩ませる原因ではあったけれど」

「それでも、私に向けられるものに対しては今まで耐えて来た
我慢も出来た。だけど、それが患者さんまで影響を及ぼす
ものとなるならば、私はもう我慢出来ない!」
こう、前置きする由美に瞳は大きくうなずいた。

事あるごとに、この居酒屋でうっぷん晴らしをしてきた仲間達。
日頃の愚痴や怒りは、この場に置いて行こうと、どんちゃん騒ぎの末、いつも最後には、自分達は小早川の為に仕事をしているのではない!患者さんの為に自分達があるのだ!守らなければならない者の為に頑張っていこう!と
その都度、結束を固めてきた。

その功あり、スタッフ間の団結は強く、患者さんのスタッフに対する
評価はかなり高い定評を得ている。一体由美に何があったのだろう。
瞳は逸る気持ちを抑えて、由美の次の言葉を待った。

「先輩、、小早川先生はこれから先も新生児を引き受けて行くのでしょうか?」
「そうねぇ、爺が自分から言い出した事だし、当分はこのまま続くんじゃないかな?」

小早川は、産婦人科の医師として出産までの過程を担当していた。
長年、分娩業務に携わってきているが
「産ませる迄が自分の仕事」
「赤ちゃんの事は何も分からない」
日頃の強気の姿勢からは想像もつかない程の正直な気持ちを覗かせていた。

出生した新生児はすぐに、同じく分娩室で待機している小児科医の
手によって、羊水の吸引や必要な処置が取られ、初めて産声が聞けるのである。その後、退院まで母親は産科、赤ちゃんは小児科扱いとして
経過を見守っていく。

カイザー(帝王切開)の場合も同様の慣わしだった。
産科医、助産師、小児科医の息のあった連携プレーによって、この世で一番喜ばしいとされる、厳かな自然の営みは繰り返されていた。

ところがある日、小早川と小児科医の間で起こった些細なトラブルは事態が大きく進展し、ついには小児科医撤退にまで状況が拗れてしまった。
医局内でも副院長としての小早川のハラスメントが、横柄にして飛び散っていたのか……只、トラブルとだけ説明されたスタッフには真為のほどは分かりかねる。

折りしも現在の医療界、あちらこちらで小児科医が不足している現状で
後任の医師が見つからないままに、当然の事ながら
分娩は時を待たず……これまで小児科の領域だった新生児の担当も小早川が一人で抱えざるを得ない状況が暫く続いたのだが、何例かの経験は彼に
「これから先も、此処に小児科医は必要ない」
と啖呵を切らせる自信を与えた。

「小川ちゃん、それと今回の事と、一体何の関係があるのよ?」
瞳は更に逸る気持ちを必死に抑えながら
語り口のスローな由美のリズムに合わせていた。









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