This is my story
私は、二歳の時に母を病で亡くし、母の顔を知らずに、母とは何かをわからずに幼少期を過ごしました。
クリスチャンだった母の影響からか、幼稚園はあるキリスト教系の幼稚園に通い、日曜日は幼稚園と併設された教会に連れられていました。
「家はよそとは違う。」といつも言われて育ってきた私は、何がどう違うのかを中学生になるくらいまで全く理解できませんでした。
「お母さんがいないと寂しい?」と、よく聞かれたのを覚えていますが、そもそも母が何物かを理解していなかったので、「寂しい?」と聞かれてもその意味もわからず、いつも「寂しくない」と答えていました。
「強いねえ」なんて言われていた気がしますが、何に対して強いのか分からない中、心の中では「僕はウルトラマンより強い」などと思っていた気もします。
自分が置かれている状況がきっと他とは何か違うのだろうけれど、それが何かもわからないまま、「自分はみんなと一緒」と思っていました。
しかし、「うちはうち、よそはよそ」と教育されたからか、「俺は俺、人は人」と他人の意見を聞かない人になってしまい、小学校高学年になるころには、一部の人からは生意気な奴と忌み嫌われ、好き放題に言われる程の人間になっていました。
そんな私でしたが、この世界には絶対的な存在、いわゆる言葉で表すならば「神」とか「創り主」と表現されるべきお方が存在するであろう事を、幼少期から直感的に感じていました。
しかし、その方が聖書に記されている神と同じなのかどうかは疑問に思っていました。そんな疑いを抱きながらも、「おそらくはそうなのであろう」と思い、教会には通っていました。
そんな中で14歳の時に洗礼を受けました。この時に受けた洗礼の経緯を、正確には覚えていません。翌日が自分の洗礼式であることを知らされ、ああそうですか、とそのまま受けました。
今で言う洗礼準備会もなく、当時の私は「人は洗礼によって救われる」と理解していました。しかし、洗礼を受けても何も変わらず、私の内にある神様への疑問が払拭される事もありませんでした。
それでも、聖書が真実であり、そのまことの神と言われるお方が聖書に記されている神ならば、必ず私に答えてくれると信じて教会に通い、周りに言われるままに奏楽の奉仕をしました。
中学生の私は、勉強の意味がわからず学業を怠り、父親に大いに逆らい、自分勝手な生活を過ごしたせいもあって、16歳で家を出て働くようになりました。
一人暮らしの生活にその若さも助長したためか、罪に仕えて自分のやりたい放題の生活を送るようになりました。
それは、「あらゆる不義と悪とむさぼりと悪意とに満ちた者、ねたみと殺意と争いと欺きと悪だくみとでいっぱいになった者、陰口を言う者、そしる者、神を憎む者、人を人と思わぬ者、高ぶる者、大言壮語する者、悪事をたくらむ者、親に逆らう者、わきまえのない者、約束を破る者、情け知らずの者、慈愛のない者」と、まさしくロマ書1章29節に書かれているとおり「死罪に当たる罪」に仕え、その報酬を受け取る者でした。
そして、どこへ行っても、陰では多くの人に罵られ、裁かれていることを日々感じていました。
形式主義にしか感じることができなかった教会生活にあって、救いの意味を曖昧に捉えていた私は、「クリスチャンなのに」とか、「洗礼を受けているのに」とか、「奏楽者なのだから」と多くの人から言われ続け、また時に裁かれ、信じれば救われるという教えと、行いを強要されることとの矛盾を疑問に思うようになり、教会から少しずつ足が離れていきました。
そんな生活を続ける中で、私は環境を変えるため、別の土地へ移って働くことになりました。
故郷の親友との交流も減り、一人暮らしの部屋に話し相手がいるわけもなく、心の寂しさは以前に増して大きくなりました。
家族からも「お前なんか」と言われ続け、私には家族を家族と思うこともできなくなっていきました。誰もが本心から私を知ろうとはしてくれず、どこにも自分の居場所が無く、全てが理不尽であるとしか感じることができませんでした。
数年後、私は再び故郷へ戻ることを選びました。
しかし戻っても、心の状態が変わったわけではなく、遊興、酩酊、淫乱、好色、争い、ねたみ。
聖書が肉の行いとして語るような生活を繰り返していました。
長いあいだ罪に仕え続けていたからか、「罪から来る報酬は死です」と書かれてある通りに、生きている意味を見いだせない人生において、私は最後の報酬を受け取るために、自ら死を選ぶことも考えはじめました。
先が何も見えない日々を過ごす中で、2012年3月のとある日曜日の夕方、母が遺してくれた聖書を手に取り、読んでいました。
「愚かな者は父の教訓を軽んじる、戒めを守る者は賢い者である」
と箴言15:5に記されているのを読んだ時に、私は自分が父の教訓を軽んじ生きてきたことを振り返らされました。
そしてその時に『教会に行って再び奏楽をしなさい』とはっきりと聞こえる言葉を誰もいない部屋で語られました。
私はすぐに立って、当時通っていた教会の牧師に奏楽奉仕の志願を伝えました。
この日からゆっくりとではありますが、自分がキリストにあって変えられていることを感じるようになりました。
聖書には
「しもべが立つのも倒れるのも、その主人の心次第」
と記されています。
誰が私をどう見るか。
誰が私をどう評価するか。
誰が私に何を言うか。
そこに私の確かさがあるのではありませんでした。
主が私を堅く立たせてくださる。
その確信を、聖霊が御言葉によって与えてくださいました。
肉の律法によっては、何をどれほどに儀式的にがんばっても立つことはできず、ただ恵みによって立たされている事実を御言葉に教えられました。
罪に仕えながら生きてきた醜く弱い不敬虔な私のために、キリスト・イエスは十字架に架かり、
決して支払いきることのできない罪価を十字架の上で流された血潮によって贖ってくださったのです。
そして、この何の働きも無かった不敬虔な者の悔い改めを義と認めて下さる方を信頼したが故に、神との平和を回復して下さり、罪と死の原理からの解放を私に約束して下さったのです。
「私は使いをあなたの前に遣わし、あなたの道を整えさせよう」
と書かれてある通りに、私のキリストへの道筋を整えてくれる人が遣わされました。
この遣いの者は私をほとんど知らないくせに、「間違いなく私は主から遣わされている」と私に宣言をしたことを今でも覚えています。
当然のごとくに物を言うこの遣わされた者の言葉は、当時の私にとって非常に耳障りの悪いことばかりで、そのやり取りの中において、私は怒りすら覚えました。
しかし、聖書を読んでいた時、主の祈りの一節が心に留まりました。
「我らが罪を赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ」
その言葉を通して、この人を赦しなさい、という神様からの語りかけを感じました。
しかも、ただ赦すのではなく、
「すべてを赦しなさい」
という思いが与えられました。
赦すこと。
受け入れること。
それは時に苦しみを伴います。
しかし、キリストが十字架で受けられた苦しみを思った時、私は自分に「赦さない」と言える資格があるのだろうかと問われました。
そして悔い改めへ導かれました。
後になって振り返ると、当時私が怒りを感じていたその言葉こそ、私に必要な言葉だったことが分かり、まさしく主から遣わされた者の言葉であったことを後になってわかりました。
そして、与えられた御言葉通りに遣わされた者を赦し受け入れることにした時に、この遣わされた者と共に生きる新しい道が開かれました。
それ以来、以前にも増して聖書をよく読み、聖書の御言葉に触れ、自分が罪を犯したから罪人であるということはもとより、アダムにあって最初から罪人であったという原罪の事実を知りました。罪の意識と重さが最初から違っていたことに気付かされました。
誰かに何かをしたから罪人なのではなく、神に対してアダムが犯した罪を受け継いでいる故に、全ての人が罪人であることがわかりました。
エデンの園で、唯一してはいけないと言われた善悪の知識の木から取ってその実を食べたアダムの行為は、自由意志を与えられた人間と神様とが交わした唯一の約束を破る行いであり、自分を神よりも上に置くことでした。それによって生まれたアダムの原罪がその子孫である全人類に及んでいるが故に、人は生まれた瞬間から罪人であり、生きている間じゅう罪人として罪を重ね、万死に値するという真理を知りました。
「あなたの罪は赦された」
と言われただけでその本質的な意味も知らずに、信じたのだからと、さぞ当たり前のように軽々しく赦しを受け取っていた自分こそ、罪の重さを知らない本当の罪人でした。
聖書には、
「義人はいない。ひとりもいない」
と書かれています。
神様の前で、誰が自分の力によって義と認められるでしょうか。
罪の赦し以上の憐れみがあるでしょうか。
これ以上の恵みがあるでしょうか。
「わたしは自分のあわれむ者をあわれみ、自分のいつくしむ者をいつくしむ」
と聖書に記されている通り、私の思うところでは無く、ことの始まりから主は恵みによって、罪人である私を一方的に憐れんでいて下さっていたという事実に気がついた時、イエス様が十字架の上で祈られたあの祈りを思い出し、涙するばかりでした。
「父よ、彼らを赦して下さい。彼は何をしているのかわからないのです」
2000年前にイエス様は十字架の上で、私のために祈って下さっていたのです。
多くの人から問題のある者として見られていた私を、イエス様は見捨てませんでした。
「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です」
と書かれている通り、主は病人に寄り添う医者のように、私を導いてくださったのです。
肉によっては全てを罪の律法に捧げる生活をしていた私が、心からキリストの律法に仕える素晴らしさを確信できたことは、まさに恵み以外の何物でもないことであり、
「キリスト・イエスにあるが故に、恵みによって魂の救いがある」
この真実を確信しました。
以前は、教会に行き、洗礼を受けたという事実によって罪が赦されていると思っていましたが、罪の赦しは他の何によるのでもなく、ただ、キリストの十字架で流された血潮によってなされる御業であり、誰かの信仰によるのでもなく、また洗礼の儀式によるのでもなく、ただ、私自身のイエス・キリストの御業を信頼しきる心により、救いの恵を授かることができる真理を聖書から教えられました。
「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行いによるのではありません。誰も誇ることのないためです。」
(エペソ2:8、9)
このことが「聖書66巻」の初めから終わりに至るまで一貫して書かれてある救いの内容であり、それが「信仰義認」であることを聖書から語られたとき、長い間わたしが抱えていた救いの疑問を吹き飛ばしてくれました。
そしてこの事実に心からアーメンと言うことができ、心の割礼を授かった確信を与えられました。
「古い体がキリストとともに十字架につけられ、罪のからだが滅びて、もはやこれからは罪の奴隷でなくなる」
と聖書に記されている通りに、罪の奴隷として長年生活していた私が、キリストの奴隷として生きることに最高の喜びを感じるようになったとともに、「昼間らしい、正しい生き方」をしたいと願い、罪が犯しにくい体へと変えられたことは、聖霊の働きという以外になんと言えましょうか。
「誰でもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です」
と書かれている通り、キリストは私の全てを新しく再創造して下さいました。長い間、罪とその律法に仕えていた私ですら、最初から主に愛されていたことが今では本当によくわかります。
なぜなら、イエス様は出来の悪い方から愛されるからです。
そして神様は、私には受ける資格などなかった多くの恵みを与えてくださいました。
信仰を共にする伴侶を与えてくださり、家族を与えてくださいました。
振り返ると、神様は最初から私に愛を注ぎ続けてくださっていました。
そして今もなお、その愛を注ぎ続けてくださっています。
これを恵みと呼ばず、何と呼べばよいのでしょうか。
「いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
すべてのことにおいて感謝しなさい。」
(第一テサロニケ五章十六〜十八節)
この御言葉は、亡き母が家族に遺した聖句でした。
母がなぜこの御言葉を遺したのか、今は少し分かる気がします。
祈りも、喜びも、感謝も薄かった私の人生。
その人生を、キリストは祈りと喜びと感謝へ変えてくださいました。
この救いの証を伝えたいと思うようになったのは、昔聞いた一つの言葉が、今も私の心に残っているからです。
その人は、ある事情によって伝道への道が閉ざされてしまいました。
もし今、その人が一言だけ語ることが許されるなら、きっとあの日と同じ言葉を語ると思います。
「人が足りません」
「人が足りません」
あの日聞いたこの言葉が、今も私の内に響き続けていること。
それもまた、神の力という以外に何と言えるでしょうか。
キリストと共に歩む私の人生。
これは、私の物語です。
This is my story
This is my song
Praising my Savior all the day long
すべてを導いてくださった主に感謝します。
そして、母が遺してくれた信仰の財産、
「私と私の家とは主に仕える」
この言葉とともに、これからもキリストと歩んでいきたいと思います。
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