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できないことが増えて、愛おしい時間が増えた。

昨年引っ越しをした。結婚してから引っ越しは9回目。 さすがに要領がわかっていて、我ながら段取りよく準備を進めたなと思っていた。

無事に終えて、ちょっとゆっくりしたいなと思っていたある日。 足に激痛が走った。

もともと弱い箇所だったが、こんな痛みははじめて。 一歩歩くのもしんどい。夜も眠れない。家事もままならない。 料理の仕事をしていたけれど、立ち仕事などできるはずもなく、休職することにした。予定も全部断った。

突然、自分の意思ではなく「止まらなければいけない状況」になってしまったのだ。 自動車教習所に例えるなら、助手席の教官にいきなりブレーキを踏まれて、車が止まったような感覚だ。

整形外科にリハビリに行くこと以外は、ほぼ家に引きこもる生活。 高齢の両親に会いに行くのも、杖をついてやっとこさ。回数も減ってしまい申し訳ないなと思っていた。

「痛い」ことが先にたってしまい、頭もぜんぜんまわらないし、メールを開封することさえ億劫なほど。 「どうなっちゃうんだろう」と不安もあったけれど、憂いていても仕方がない。

できることの中で最優先でやらなくてはならないことは何か。 ほんとうにやりたいことは何か。 そういうことに絞って暮らすことに決めた。

完治することはないと言われていたけれど、リハビリを半年ほど続けて、少し症状が良くなったなと思っていたある日。 大学時代の友人から、メールが届いていた。送ってくれてから三日も経過していた。

「ご無沙汰です。渋谷で飲み会やろうとしてます。ご参加いただけたりしますでしょうか」

私は学生時代にオーケストラのサークルに入っていてオーボエを吹いていた。 卒業してからしばらくは、みんなで旅行したり、飲みに行ったりしていたけれど、それぞれの生活環境も変化していって、もう20年も会っていなかった。

「みんなに会いたいから、ぜひ伺いたいです!」

そう返信したけれど、果たしてこの足で渋谷まで行けるのだろうか。 行けてもゆっくりしか歩けなくて、みんなに迷惑がかかるかもしれない。そんなことを考えていた。

当日は、お気に入りのワンピースを着て、疲れて見えないように濃いめのチークを頬に入れた。 杖を持つのが嫌だったけれど仕方がない。 早めに出発して、立川からグリーン車を使って、なるべく足に負担がかからないようにしながら、無事に渋谷駅に着くことができた。

20年ぶりに会う友人たち5人。何も変わっていなかった。 いや、変わっていないというよりは、皆とても素敵になっていた。 誠実に、いい人生を歩いてきたんだろうな。

私はどうだろう。自分のことばかり考えて過ごしてきて、醜い顔になってない? 学生時代から何も成長していないかもしれない。

「娘に嫌われないように、黒く髪を染めている」
「そろそろ今の会社を辞めようと思っている」
「息子の大学のレポートを代筆したら教授にバレて、留年してしまった」
「まだ音楽を続けていて、もうすぐコンサートがある」
「新卒からずっと同じ会社に勤めていたけれど、最近はリモートが多くなってしまった」

そんな話をしてくれた。 学生時代に、どうでもいい話を夜中までしていたあの感じのままだった。

「なんか、ごめん。私は嫌な学生だったでしょ。自分勝手だった」
そう私が言うと、
「せいちゃんは、とんがってて、それで良かったんだよ」
そんなふうに返してくれた。

足が痛いことなんてすっかり忘れて、楽しい時間はあっという間。 帰り道、みんな何も言わずに私の横をゆっくりと歩いてくれた。

ありがとう。 私も友人にそっと寄り添えるような人間になれるかな。今からでも。



今日は先日の「山椒しごと」の余韻もそのままのうちに「梅しごと」。 梅干しは、普通は完熟梅で仕込むものだけれど、私は青梅で作るのが好き。皮が硬めで爽やかな仕上がりになるからだ。

でも今年はこの時期から30℃越えの真夏のような気温で、梅が届いてからあっという間に追熟してしまった。 部屋いっぱいに熟した梅の香りが漂う。

まあ、たまにはこれもいいかもね。梅をさわる時間が愛おしい。

足が痛くなって、できることは減ってしまったけれど、やりたいことをしたり、ゆっくり考えたり。 幸せな時間は増えたかな。

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