春に咲く星 日本語表現法ショートショート
日本語表現法の課題である、ショートショートを投稿します。考えたお題は『春に咲く星』です。
こんにちわ。ここに人が来るなんて珍しいわね。だいぶ奥まったところにあるけど…。大丈夫!すぐに帰れるわ。でも帰るのに少し時間がかかるみたいね。せっかくだから私のお話聞いてくれない?少しだけでいいかの…。さっきも言ったけど人が来るなんて珍しいのよ…。
私ね、好きな作家さんがいるの。春をモチーフにした物語を書く作家さん。人気になったのは何の賞を受賞したからだったかな?調べればわかるから調べてみて。今年賞をとって、その小説が映画化も決まったの。そこから一気に人気が出てね、忙しくしていたみたい。みんな映画化される作品のことばっかり話すけれど、私はデビュー作が一番好きなの。ある屋敷のお庭での日常を描いた物語。小説が発売されたのは、もう10年ぐらい前になるかな。「あの子」が作家を目指し始めたときから書き始めていて、…え?初めて読んだ時の感想?この子の一番最初の読者になれて嬉しいって思ったわ。設定も、登場人物たちが話した言葉も込められた思いも全部覚えているの。特に好きなのは…ってもっとお話ししていたかったけど、もう時間みたいね。今帰らないともう戻れなくなってしまうわ。それは嫌でしょう?今日は私の話に付き合ってくれてありがとう。楽しかったわ…。これからもあなたが書く物語を楽しみにしているわね。ここからずっと見てるから。
『またね』
ザザッと風が吹いて桜の花びらに視界をさえぎられた。
突然の桜吹雪に目をつぶった一瞬で彼女は消えていた。まるで夢のような一瞬の出来事。でも私は夢ではないと確信していた。
そもそも今日私がここに来たのは、映画化のお話をもらってからの忙しさが落ち着いて、気晴らしに散歩しようと思ったから…というのと軽いスランプになっていたから。場所はデビュー作のモデルとなった屋敷。スランプから抜け出すためにも、初心を思い返すのがいいのではないかと思ったからだった。この屋敷は私が幼いころから変わらず、そのままの姿で建っている。一般向けに公開されている建物で誰でも気軽に入ることができるため、幼いころからこの屋敷にやってきては庭で走り回ったりして遊んでいた。そして私が小説を書くようになってからもこの建物に通うのは変わらなかった。そんな毎日のように通った思い出深いこの屋敷を一番最初に書き始めた小説の舞台にするのは当然の成り行きだったのかもしれない。物語の内容を考えていた時に思い浮かんだのは幼いころから一緒の幼馴染のことだ。照れ屋で元気いっぱいで好きなことに一直線な彼女は作家になるという私の夢も応援してくれた。そんな彼女は私を導いてくれる星のようだと思った。彼女を主人公に物語を書きたいと思った。そこから屋敷と彼女を軸に物語を書いて、一番最初に物語を見せたのも彼女だった。どんな反応が返ってくるか少し不安に思っていたが、彼女は喜んでくれて「次の物語も一番に読ませてね!」と言って笑った。しかし彼女が次の物語を読むことはなかった。次の話を考えている途中に彼女は、はやり病にかかって病死してしまったからだ。彼女が死んでしまったことが信じられなくて、あの屋敷に行ったらまだ彼女がいる気がした。彼女が死んでからは何も手につかなくなっていたが、このまま何か成し遂げなければ彼女に顔向けできないと思った。ならば彼女が応援してくれた作家になる夢をかなえようと決めた。しかし小説を書いて選考に送ってみるが落選してばかりだった。そんな中、彼女に読んでもらった、私が一番最初に書いた物語を出版社の選考に送ったら一次選考を通り、賞を貰うことができた。その話が私のデビュー作となったのだ。作家としてデビューした後、物語には彼女をモデルにした主人公を登場させるようになった。たとえそれが本物の彼女でなくても、私の作家になるという夢を彼女に見ていてほしいと思ったから。彼女は春が一番好きでよく桜を眺めていたから、春の話を多く書くようになった。そうして無我夢中で執筆活動をしている間に映画化といった大きな仕事が舞い込んでくるようになった。忙しくなったが充実した作家生活を送っていたように感じる。しかし、忙しさが落ち着いた今、今まで考えたことのないような不安を感じるようになった。どんどん物語のアイデアがだしづらくなり、今はスランプからどうすれば抜け出せるのか考える毎日を送っていた。
今起こったことはそんな中での出来事だった。屋敷を散歩しているうちに彼女を見つけた。視界に映った瞬間、彼女だとすぐにわかった。でも彼女は幼いころ一緒に過ごした私だと気づいていないようだった。悲しく思いながら話を聞いていると悲しみがどんどん喜びに変わっていった。照れ屋な彼女らしい私への応援の言葉だと気が付いたから。私から話しかけようとした途端、彼女が時間だと言って、すぐに消えてしまったけれど、最後の最後に楽しみにしていると言ってくれた。
一瞬だったけど、本当に会えて嬉しかった。会いに来てくれてありがとう。あなたの期待に応えなければいけないね。今たくさんのアイデアが浮かんできて、いつの間にかスランプを抜け出せていることに気が付いた。スランプになっている私のことを心配して会いに来てくれたのかな?私はこれからも作家として物語を書いていくよ。あなたが応援してくれた夢だから。最後まで自分の好きなようにやってみようと思う。次の物語はまたあなたのことをモデルにして書こうかな。タイトルは…
『春に咲く星』
