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「真面目に働けよ」と言われた、ある日のこと。自分を守るための「心の境界線」と、私なりの仕事の話。

はじめに

ある日のこと、私は通りすがりの方に「古着屋なんかやってないでもっと真面目に働けよ」という言葉を投げかけられました。
その瞬間、私の心に浮かんだのは「悲しみ」ではなく、ただただ「驚き」でした。


「令和の今の時代に、まだそんなことを直接言う人がいるんだ!」という、一種の発見に近い感覚です。

今日は、その驚きをきっかけに改めて考えた「自分らしい生き方」について、同じように誰かの否定的な言葉に傷ついている方へ向けて書いてみたいと思います。

「真面目」の形は、一つじゃない

その方がおっしゃる「真面目な労働」とは、きっと組織に属し、決まった時間に、決まった場所で働くことを指していたのでしょう。

私自身もかつては会社員として働いていました。組織の中で役割を果たすことの大変さも、その尊さも、身をもって知っています。

それは本当に立派な、一つの「真面目さ」です。
でも、会社員を経験したからこそ、今の私ならはっきりと言えます。

「真面目さ」の形は、決して一つではありません。

自分で商品を仕入れ、どうすれば喜んでもらえるか工夫し、一歩ずつ自分の活動を広げていくこと。

家族との時間を大切にしながら、自分の責任で日々の「仕事」を積み重ねていくこと。

外からは見えにくいかもしれませんが、これもまた、自分の人生に対して誠実に向き合っている、私なりの「真面目な」営みです。

どちらが良い悪いではなく、「今の自分が納得できる道を選んでいるか。」

大切なのは、ただそれだけだと思うのです。

相手の言葉を「中に入れない」という技術

もし今、あなたが誰かの否定的な言葉で心がしゅんとしてしまっているなら、一つだけ知ってほしいことがあります。

それは、「相手の言葉を、自分の心の中まで入れない」という技術です。

私は対人援助の専門職として働いてきた経験から、「心の境界線(バウンダリー)」を引くことの大切さを学びました。

誰かが投げた言葉は、あくまで「その人が持っている物差し」で測った結果に過ぎません。

それを心の一番奥まで通してしまうと、自分の価値まで削られてしまいます。

否定的な言葉に出会った時、それを真正面から受け止めて傷つく代わりに、「あぁ、この人は自分とは違う物差しを持っているんだな」と客観的に眺めてみる。

「しゅん」とする代わりに「びっくり」してみる。それは、自分という人間を大切に守り抜くための、ちょっとした防御策です。

自分の「自由」を、自分で認めてあげる

私たちには、自分の人生をどう構築するかを決める権利があります。

どんな働き方を選び、どう生きていくか。それは誰にも邪魔されない、私たちの自由です。

他の誰かの物差しに自分を合わせる必要はありません。
あなたが今の生き方を選び、そこに立っていること自体が、あなたの意思の証明なのです。


おわりに

誰かに否定的で悲しい言葉を投げかけられて、
もしあなたが立ち止まりそうになっているなら、思い出してください。

その言葉は、あなたの欠点を表しているのではなく、単に相手の「世界の捉え方」があなたと違っていただけだということ。

そして、あなたには自分の道を決める強さがあるということです。
驚くような出会いはこれからも時々あるかもしれません。

でも、私たちはそのたびに「心の境界線」をすっと引き直して、また私たちらしい道を歩んでいけばそれでいい。

あなたの選んだ道は、あなただけの「真面目さ」で輝いています。
さぁ、胸を張って、一緒に進んでいきましょう。


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