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なぜ大谷翔平は「1番」なのか。セイバーメトリクスが20年かけて出した答え

最強の打者は3番に置く。野球を見てきた人間なら、誰もが刷り込まれてきた常識だ。クリーンナップという言葉自体が、3・4・5番こそが得点源であることを前提にしている。

だが、ドジャースは大谷翔平を1番に置き続けている。

これは「足が速いから」でも「調子を上げさせるため」でもない。セイバーメトリクスが20年かけて積み上げた打順最適化理論が、はっきりと出した結論なのだ。

まず、打席数という身も蓋もない事実

打順を語るとき、最初に押さえるべきは打席数だ。

1番打者は必ず初回に打席が回る。以降も、下位打線より先に順番が来る。この差が162試合積み重なると、1番と9番では年間で100打席以上の開きになる。

100打席。これは無視できる数字ではない。ざっくり言えば、20試合分の出場機会に相当する。

チームで最も優れた打者に、最も多く打たせる。それだけで得点は増える。この一点だけでも、最強打者を上位に置く合理性は成立する。

「3番最強説」はなぜ崩れたのか

では、なぜ長年3番が神聖視されてきたのか。

理屈はこうだ。1番と2番が出塁し、3番が返す。だから3番には最も打てる選手を置く——。

しかしデータを取ると、この前提が崩れる。3番打者の打席は、実は「二死走者なし」の場面が最も多い打順のひとつなのだ。初回、1番と2番が凡退すれば、3番は誰もいない塁を前に打席へ入ることになる。

得点期待値(Run Expectancy)で見ると、二死走者なしは全24状況の中でも最も価値の低い局面だ。そこに最強打者を配置するのは、資源の使い方として効率が悪い。

「3番は勝負強さが求められる」という言葉は、裏を返せば「不利な状況で打たされている」という意味でもある。

The Bookが出した「2番最強説」

2006年、トム・タンゴらによる『The Book: Playing the Percentages in Baseball』が、打順最適化のシミュレーション結果を提示した。

結論は当時の常識を裏切るものだった。チームで最も優れた打者は、2番に置くのが最も得点を増やす——。

理由は明快だ。2番は3番より打席数が多く、かつ1番の出塁を受けて走者ありの場面も作れる。打席数と状況価値の両方で、2番が有利になる。

この理論はMLBで実際に採用された。マイク・トラウトが2番に固定され、ムーキー・ベッツが2番を打ち、ブライス・ハーパーも2番に入った。「2番は送りバント」という発想は、MLBからほぼ消滅した。では、なぜ大谷は「2番」ではなく「1番」なのか

ここからが本題だ。

The Bookが示したのは「2番が最良」という一般解である。だが、それはあくまでチーム全体の打線構成を前提にした平均的な最適解にすぎない。

大谷翔平というカードには、一般解に収まらない性質が3つある。

ひとつ目は、打席数の最大化そのものが価値になること。シーズン50本塁打を狙える打者で、かつ盗塁もできる。この打者に与える打席は、1打席でも多いほうがいい。1番は、その最大値を取れる唯一の打順だ。

ふたつ目は、初回の先頭打者という局面の性質。先頭打者の打席は、必ず「無死走者なし」から始まる。ここは走者を進める必要がなく、長打がそのまま得点に直結する。単打で出塁すれば盗塁で二塁へ進める。大谷の能力が、制約なしに発揮できる唯一の場面だ。

みっつ目は、後ろに繋がる打線があること。これが決定的だ。ドジャースには、大谷の後ろにベッツ、フリーマンという実績のある打者が並ぶ。1番で出塁すれば、彼らが返す。1番で打てば、彼らが続く。

打線が弱いチームなら、最強打者を1番に置くと「打っても返す者がいない」という問題が起きる。ドジャースにはその心配がない。

つまり大谷の1番は、大谷の能力とドジャースの層の厚さが噛み合ったときにだけ成立する、極めて特殊な最適解なのだ。

打順を間違えると、どれくらい損をするのか

ここで冷や水を浴びせておきたい。

シミュレーション研究が繰り返し示しているのは、打順の最適化で増える得点は、シーズンを通しても十数点程度だという事実である。勝利数に換算すれば、1勝から2勝ぶん。

つまり、打順は「重要だが、決定的ではない」。誰を並べるかのほうが、どう並べるかより遥かに大きい。

それでも各球団が打順を突き詰めるのは、1勝が順位を分けるからだ。無料で手に入る1勝を、みすみす捨てる理由はない。

リードオフマンという概念の50年

かつて1番打者に求められたのは、足の速さと出塁率だった。塁に出て、盗塁して、クリーンナップが返す。役割分担が明確だった。

その概念は、1980年代のリッキー・ヘンダーソンによって一度壊された。彼は盗塁王でありながら、通算297本塁打を放った。「1番は非力でいい」という前提が崩れた瞬間だ。

そして2020年代、大谷翔平が現れた。50本塁打と50盗塁を同じシーズンに記録する打者。ヘンダーソンが開けた穴を、さらに押し広げた形になる。

1番打者は「繋ぐ人」から「点を取る人」に変わった。この50年の変化の最終地点に、いまの大谷の打順がある。

打順は、思想の表明である

打順は監督の好みで決まっているように見えて、実はそのチームがデータをどう扱っているかの表明でもある。

「最強打者は3番」を続けるチームは、20年分の研究を無視していることになる。逆に、常識から外れた打順を組めるチームは、根拠を持って判断している。

大谷翔平の1番は、その象徴だ。奇策ではなく、20年かけて積み上がった理屈の帰結として、そこにある。

次にドジャースの試合を見るとき、初回の先頭打者を少し違う目で見てもらえたらと思う。あの1打席には、野球というスポーツが半世紀かけて更新してきた思考が詰まっている。

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