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認知症の方の姿から学んだ逆転の発想〜なにを基準に物事を捉えるべきか

近年、認知症を取り巻く社会のあり方が大きく変化し始めています。「認知症になると何もできなくなる」という誤解は根強く残る一方で、実際にはコンビニエンスストアや飲食店で働き続けたり、自身の経験をまちづくりや商品開発に生かしたりと、多様な形で自分らしく生きる選択肢が生まれつつあります。本記事では、認知症を正しく理解し、認知症当事者のソーシャルインクルージョン(社会的包摂)のあり方について考察します。


1. 認知症とは何か:そのメカニズムと進行

認知症は、脳の病気や障害などによって、一度獲得した認知機能が持続的に低下し、日常生活や社会生活に支障をきたす状態を指します。単一の病気ではなく、その原因となる疾患は多岐にわたります。

そして、人は正常な状態からいきなり認知症になるのではなく、経過はグラデーションをとることが多いです。

主な原因と病名

アルツハイマー型認知症: 脳に「アミロイドβ」などの異常なたんぱく質が蓄積し、神経細胞が破壊されることで発症します。認知症全体の約6〜7割を占めるといわれています。

血管性認知症: 脳梗塞や脳出血などの脳血管障害によって、脳の一部に血流が行き届かなくなり、神経細胞が壊死することで発症します。症状の現れ方がまだらなのが特徴です。

レビー小体型認知症: 脳の神経細胞に「レビー小体」という異常なたんぱく質が蓄積することで発症します。幻視やパーキンソン症状(手足の震え、歩行障害など)が特徴的に見られます。

前頭側頭型認知症: 脳の前頭葉や側頭葉が萎縮することで発症します。人格変化や行動障害(反復行動、脱抑制など)が目立つことが多いです。

軽度認知障害(MCI: Mild Cognitive Impairment)

 「認知症ではないが、正常とも言えない状態」と言えます。認知症発症のリスクはありますが、みな認知症になるわけではなく、正常に戻る人もいます。軽度認知障害は進行すれば認知症につながる一方、日常生活は一部自立して送ることができます。

主な症状と進行度

認知症の症状は、記憶障害、見当識障害、実行機能障害、失語、失行、失認といった「中核症状」と、うつ状態、妄想、幻覚、徘徊、不眠、暴力・暴言などの「行動・心理症状(BPSD)」に分けられます。

初期: 記憶障害が中心で、新しいことを覚えられない、直前の出来事を忘れるなどがみられます。日常生活への支障はまだ限定的です。

中期: 記憶障害に加え、見当識障害(時間や場所がわからなくなる)、実行機能障害(計画を立てて物事を実行することが難しくなる)などが進行します。BPSDも現れやすくなります。

後期: 重度の認知機能低下により、日常生活のほとんどに介助が必要となります。コミュニケーションも困難になることがあります。

2. 認知症患者が巻き込まれるリスク:過去の事例から学ぶ

認知症の進行に伴い、判断能力や状況認識能力が低下することで、事故やトラブルに巻き込まれるリスクが高まります。過去には以下のような事例が報じられています。

転倒による身体的傷害: ある調査では、認知症患者は健常者に比べ約8倍も転倒率が高まり、とくにパーキンソン病に伴う認知症ではこの傾向が顕著と言われています。(※1)

徘徊による事故: 自宅を離れて徘徊中に列車にはねられ死亡した事例や、用水路に転落して死亡したケースが報告されています。

金銭トラブル: 不適切な契約や詐欺被害に遭う事例。

火の不始末: 火の消し忘れなどによる火災事例。

社会的議論にまで発展した事例の一つとして、2016年の愛知県大府市における認知症の男性の鉄道線路への立ち入り死亡事故が挙げられます。JR東海が家族に損害賠償を求めた裁判が注目を集め、これは「介護する家族の責任」や「社会の支え方」を改めて議論する契機になりました。

これらの事例は、認知症当事者の安全を確保するとともに、社会全体での見守りや支援の重要性を示しています。

3. 認知症当事者とその家族が直面する負担と社会問題

認知症は、当事者だけでなくその家族にも多大な影響を及ぼします。

当事者が直面する負担

自己認識の変化と精神的苦痛: 認知機能の低下を自覚することによる混乱、不安、抑うつ。

社会活動からの孤立: 趣味や仕事、社会とのつながりの喪失。

人間関係の変化: 家族や友人とのコミュニケーションの困難化。

家族が直面する負担と社会問題:

介護負担の増大: 日常生活の介助、見守り、医療機関への付き添いなど、身体的・精神的負担。

経済的負担: 介護用品の購入、リフォーム費用、介護サービス利用料など。

精神的負担: 介護によるストレス、睡眠不足、孤立感、うつ病の発症リスク。

社会的孤立: 介護に時間を取られ、自身の社会活動が制限される。

ヤングケアラー問題: 認知症の家族を介護する子どもや若者が学業やキャリアを諦めざるを得ないケース。

介護離職: 介護のために仕事を辞めざるを得なくなり、経済的に困窮する問題。

これらの問題は、少子高齢化が進む日本において深刻な社会問題となっており、家族への支援強化や社会全体での介護負担の軽減が喫緊の課題となっています。

4. 認知症に対する世間のイメージと現実のギャップ

世間一般では、「認知症になると何もわからなくなる」、「意思疎通ができなくなる」や「その人らしさが失われる」といったネガティブなイメージが根強くあります。しかし、実際の認知症の症状や進行度には個人差や大きな幅があり、初期〜中期においては多くの人が意志を持って生活し、社会参加も可能です。このイメージと現実には大きなギャップがあります。

現実

認知症の初期段階では、記憶障害はあっても、判断力や理解力がある程度保たれていることが多く、日常生活をほぼ自立して送れる方もいます。また、症状が進行しても、その人の持つ個性や感情、これまでの経験は失われるわけではありません。できないことばかりに注目されがちですが、できることは多く残されています。

実際には多くの当事者が工夫や環境調整によって社会的役割を果たし続けています。「認知症は私の一部であり、ほとんどの機能は変わらず残っている」という本人の声もあります。(※2)

ギャップが生じる要因

メディアにおける認知症の描かれ方、過去の知識のアップデート不足、周囲に認知症の人がいないために実情を知る機会が少ないことなどが挙げられます。

このギャップが、認知症当事者や家族への偏見や差別を生み、社会参加の機会を奪う要因となっています。

5. 認知症当事者が社会で輝く新たな取り組み

国立長寿医療研究センター(老年学・社会科学研究センター)が2019~2022年に実施した「軽度認知症者の社会参加促進による予後改善に向けた大規模疫学研究」(研究課題番号 19H03915)では、軽度認知症やMCIの段階にある人々において、社会活動への参加が死亡リスクや要介護リスクの低下と関連づけられ、支援体制が整えば社会参加(例:就労・ボランティアなど)を継続できる可能性が示されています。

近年、認知症に対する理解が深まり、2024年施行の「認知症基本法」を背景に、「認知症になってもできること・やりたいこと」に着目した取り組みが各地で進んでいます。

「注文をまちがえる料理店」

認知症の人がスタッフとして働く飲食店です。料理の提供を間違えることもありますが、それを個性として受け入れ、客も温かく見守ることで、誰もが安心して過ごせる空間が生まれています。

認知症フレンドリーなコンビニエンスストア

認知症の人が店員として働き、地域住民との交流の場にもなっています。ゆっくりとしたペースで対応することで、認知症当事者も無理なく働くことができ、地域社会の一員として活躍しています。

ユニバーサルデザイン商品の開発モニター

認知症当事者が、日常生活で困っていることを具体的に伝え、企業のユニバーサルデザイン商品の開発に協力する事例。彼らの視点を取り入れることで、より多くの人が使いやすい製品が生まれています。(※3)

認知症カフェ

認知症の人やその家族、地域住民が気軽に集い、交流できる場所です。専門職が常駐し、相談支援も行っています。(※4)

地域的な活動

・福岡市の「認知症フレンドリーテスト」では、認知症当事者が実際に商品や店舗を利用し、その使いやすさや分かりやすさを評価する仕組みがあります。企業にとってもユニバーサルデザインを考える上で貴重なフィードバックが得られる機会となっています。(※5)

・埼玉県和光市の「オレンジカフェ」では、地域住民との交流の場を提供し、当事者が自らの体験を語ることで地域理解を促進しています(※6)。

これらの取り組みは、認知症になっても社会とつながり、役割を持ち続けることができることを示しています。

6. 認知症との向き合い方:それぞれの立場からの視点

認知症は、私たち全員が関わる可能性のある身近な問題です。認知症への向き合い方は、「支える」一辺倒から「共に生きる」への転換が求められ、家族や支援者も、抱え込むのではなく、制度や地域資源とつながることが重要となっていきます。

それぞれの立場から、どのように向き合っていくべきか考えてみましょう。

認知症当事者

早期診断と早期介入: 早期に診断を受けることで、適切な治療や支援を受けることができ、症状の進行を遅らせたり、QOL(生活の質)を維持したりすることが可能です。

主体的な情報収集と意思表明: 自身の症状や今後の生活について、家族や医療従事者とともに考え、意思を伝えることが重要です。

社会とのつながりの維持: 趣味や社会活動を継続し、孤立しないための工夫。

家族など当事者たち

正しい知識の習得: 認知症について学び、症状の変化に対応する。

介護負担の軽減: 介護サービスを積極的に利用し、一人で抱え込まない。家族会などでの情報交換や精神的な支えを見つける。

自身の健康維持: 介護は長期にわたるため、自身の心身の健康を保つことが不可欠です。

社会・個人の立場から

認知症への理解促進: 「先入観にとらわれない視点」を持つことで、偏見や差別をなくし、認知症当事者を温かく見守り、特別視せず、共に暮らす社会を目指すことが重要です。

「認知症フレンドリー社会」の推進: 認知症の人が安心して暮らせるまちづくり、公共交通機関や店舗での配慮、地域住民への啓発活動など。

制度・サービスの充実: 医療、介護、就労支援など、多様なニーズに応じたサービスの拡充。

誰もが暮らしやすい環境整備: ユニバーサルデザインの普及、ICTを活用した見守りシステムの導入など。

7. 「できない」ではなく「できる」に目を向ける逆転の発想

本記事で紹介した事例の多くは、「認知症だからできない」という固定観念を打ち破り、「認知症でも何ができるか」という視点から生まれた発想です。これは、認知症当事者に限らず、あらゆる人が社会に参画できるヒントとなり得ます。

認知症と聞いたときに抱くイメージは、果たして現実を正確に捉えているでしょうか。

そのイメージがもし「無力」「不可逆」「支えられる側」といった一方向のものであるならば、今こそそれを問い直す時です。認知症当事者が生き生きと社会とつながる姿から、私たちは「何を基準に物事を捉えるべきか」という根源的な問いに立ち返ることができます。

私たちはとかく、人の「できないこと」に注目しがちです。しかし、視点を変え、「できること」や「強み」に焦点を当てることで、新たな可能性が見えてきます。認知症の人だけでなく、障がいを持つ人、高齢者、子育て中の人など、多様な背景を持つ人々が、それぞれの能力や個性を生かして社会に貢献できる「誰も取り残さない」社会。そのためには、「逆転の発想」を持ち続け、それぞれの「できること」を最大限に引き出す仕組みや支援を構築していくことが重要ではないでしょうか。

出典

厚生労働省「認知症について」

国立長寿医療研究センター「認知症の症状」
https://www.ncgg.go.jp/hospital/dementia/about/

公益財団法人長寿科学振興財団「認知機能低下とフレイルおよび認知症と転倒」

(※1)マジックシールズ「転倒と認知症の関係」

(※2)「高齢社会フォーラム・イン東京」「認知症になっても日常を 「フツウ」 に続けられるコミュニティを考える」(内閣府のページ)
https://www8.cao.go.jp/kourei/kou-kei/29forum/tokyo-6.html

最高裁判所. (2016年3月1日). 平成28年3月1日 第三小法廷判決 判例検索結果 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=85942

独立行政法人国民生活センター「認知症等の方をめぐる消費者トラブル」 https://www.kokusen.go.jp/soudan_now/data/n-20161026_1.html

東京消防庁「高齢者の火災予防」 https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/lfe/bou_tele/kourei_kasai.html

注文をまちがえる料理店
https://www.owr.jp/

大阪市地域包括支援センター資料 2024年
https://www.city.osaka.lg.jp/fukushi/page/0000370522.html

厚生労働省「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)の概要」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/ninchi/index.html (※具体的なコンビニエンスストア名は記載されていないため、新オレンジプランの推進の一環としての事例として言及)

(※3)読売新聞オンライン(2024年4月11日)
認知症経験者が「商品開発」に携わる…「こんなことで困っている」から生まれる新発想 https://www.yomiuri.co.jp/national/20240411-OYT1T50148/

サストモ
「10秒前を忘れても、喜びは残る」認知症高齢者が自分らしく生きる手段としての''はたらく'' #老いる社会
https://sdgs.yahoo.co.jp/originals/226.html

(※4)認知症介護情報ネットワーク「認知症カフェとは」
https://www.dcnet.gr.jp/d_cafe/

(※5)福岡市「認知症フレンドリーセンター」

(※6)チームオレンジ(和光市HPより)


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