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ファクトチェックはファクト足り得るのか?〜「人間は見たいと欲するものしか見ない」カエサルからのメッセージに触れる

アメリカでは、巨大SNS企業メタ(旧Facebook)のCEOであるマーク・ザッカーバーグ氏が、政治家の投稿に対してファクトチェックを行わない方針を表明してから半年が経過しました。この決定は、ファクトチェックの規模を縮小させる一因となり、ファクトチェックそのものの存在意義が問われる事態に発展しています。

特に、ドナルド・トランプ大統領の支持者、MAGA(Make America Great Again)運動を支持する層から「ファクトチェックが示す内容は真実ではない」「トランプ氏に厳しすぎる」といった批判が噴出しました。ファクトチェックは、そもそも真実を明らかにするためのツールであったはずが、なぜ今、これほどまでに分断を生み出し、その必要性すら疑問視されているのでしょうか。

この問いを考える上で、古代ローマの英雄ユリウス・カエサルの言葉「人間は見たいと欲するものしか見ない」が示唆に富んでいます。この言葉は、彼の施政において、大衆の感情や先入観を深く理解し、巧みに人心を掌握するために活用されたと言われています。そして、この人間の心理は、後に心理学の分野で「確証バイアス」として定義されました。本稿では、ファクトチェックの功罪を深く掘り下げながら、私たちの社会をより良い方向へ導くためにどう行動すべきかを考察します。


1. そもそもファクトチェックとはなにか?

ファクトチェックとは、政治家の発言、ニュース記事、ソーシャルメディアの投稿などに含まれる事実の記述が正確であるかを検証する行為です。その目的は、誤った情報や虚偽(フェイクニュース)が拡散することを防ぎ、健全な言論空間を維持することにあります。特に政治や社会問題に関する情報は、誤解を招きやすく、その影響は社会に甚大なものとなり得るため、ファクトチェックは重要な役割を果たしています。

この検証プロセスは、通常、独立した第三者機関やジャーナリストによって行われます。彼らは、複数の信頼できる情報源、公的記録、科学的データなどを照合し、当該情報の真偽を判定し、または正確性や信頼性を客観的に裏づけるプロセスです。

重要なのは、事実(ファクト)は観察・実験・検証によって立証可能なものであり、個人の主観や意見とは切り分ける必要があります。

2. アメリカでのファクトチェックの現状

Meta(メタ:旧Facebook)のCEOマーク・ザッカーバーグ氏が「政治家の発言を第三者機関のファクトチェックの対象外とする」と発表しました。それは「政治家の投稿に対するファクトチェックの撤廃」であり、表現の自由を重視するという名目のもと、政治的対立を深めるような決定でした。運用方針の変更に伴い、AIやユーザーによる注釈方式(Community Notes)の実施を明言しましたが、有害なコンテンツや偽情報が増加するリスクとのトレードオフであることを認めています。

この方針転換は、特に保守層やトランプ大統領の支持者からは歓迎される一方、「事実の捏造」や「検閲への懸念」が議論を巻き起こしています。またファクトチェックに資金を提供する機関が縮小し、その活動は以前にも増して困難な状況にあります。

ピュー・リサーチ・センターによる調査でも、多くのユーザーがSNS上のファクトチェックを不公平だと感じており、特に保守層からの不信感が強いことが明らかになっています。この背景には、「ファクトチェックはリベラルな視点に偏っている」という根強い認識があるからです。

3. これまでファクトチェックによって何を得てきたか?

ファクトチェックは、偽情報が社会に与える悪影響を軽減する上で重要な役割を果たしてきました。例えば、新型コロナウイルスに関する誤った健康情報や、選挙における虚偽の主張の拡散を食い止める上で、その有効性は証明されています。ファクトチェック機関は、特定の投稿が虚偽であることを明確にし、ユーザーに警告を与えることで、誤情報が人々の判断を狂わせるのを防ぐ一助となりました。

例えば、2016年のアメリカ大統領選挙や、2019年のイギリスのEU離脱投票(ブレグジット)など、多くの国際的な政治的出来事においてファクトチェックは大きな役割を果たしました。それにより、フェイクニュースや陰謀論の拡散を抑えることができた一方で、誤情報の影響は依然として根強く残っています。

また複数国で実施された実験では、「偽情報」の信念が平均0.59ポイント低下(5ポイント尺度)し、その効果は数週間持続しました。また誤情報への露出だけでは信じ込む傾向は弱いことも示されており、訂正情報の介入が大きな意味を持ちます。(※1)

(※1)The global effectiveness of fact-checking: Evidence from simultaneous experiments in Argentina, Nigeria, South Africa, and the United Kingdom
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2104235118

4. ファクトチェックの弊害はあるのか?

新たな対立・分断を生み出す

一方で、ファクトチェックには深刻な弊害も存在します。最も顕著なのが、「ファクトチェックの結果そのものが、新たな対立の種になる」という皮肉な事態です。

実際、アメリカ国内では、「ファクトチェックは反トランプ的で不公平」といった批判、「自分達の主張だけが正しいとする偏見的なレッテル貼り」といった懸念が存在しています。

人は自分の信念と異なる情報を突きつけられたとき、その情報を拒否し、逆に自分の信念を強化する傾向があります。これは、心理学でいう確証バイアスそのものです。ファクトチェックが「真実」を示したとしても、それを受け入れられない人々は、ファクトチェック自体を「不公平なプロパガンダ」だと見なすようになります。

チェック機関の質・量

ファクトチェックの独立性や公平性を疑問視する声も強く、専門家によるチェックはスピードや量に限界があり、全ての情報を網羅できない現実があります。

ファクトチェックは必ずしも客観的であるとは限らず、チェックを行う人々が持つ価値観や政治的立場によって、その結果が変わることがあります。たとえば、ある情報が正しいか間違っているかの基準が、しばしばファクトチェックを行う人の視点に依存するため、「ファクトチェックそのものが偏っている」と批判されることもあります。

また、ファクトチェックを行うことで、逆に情報の選別や削除が行われ、その過程で言論の自由が制約されるリスクも存在します。このような過剰な介入が、民主主義の根幹を揺るがすことになりかねません。

5. ファクトは人によって違うのか?ファクトを主観的にも客観的にもなり得てしまう現状

ファクトとは、本来、誰にとっても揺るがない客観的な事実であるはずです。

しかし、今日においては、それがどのように語られ、誰に語られるかによって、また受け手の心の中で主観的な解釈が加わってしまいます。

その最たるもので、典型的なのが「確証バイアス」です。これは「自分が信じたいことだけを信じる」心理的傾向であり、新しい情報すら自分の既存の信念に合わせて都合よく解釈しがちです。

確証バイアス(かくしょうバイアス、英: confirmation bias)とは、認知心理学や社会心理学における用語で、仮説や信念を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め、反証する情報を無視または集めようとしない傾向のこと。認知バイアスの一種。また、その結果として稀な事象の起こる確率を過大評価しがちであることも知られている。追認バイアスともいう。

ウィキペディアより

特にSNS上で共有される情報は、しばしば断片的な文脈で拡散され、意図しない解釈や誤解を生むことが多々あります。その結果、ファクトは「誰かが作った物語」と見なされ、個人の信念や所属するコミュニティの価値観によって、その信憑性が揺らいでしまうのです。

また歴史的事実や社会問題に関する解釈は、見る人の立場によって異なることが少なくありません。たとえば、政治家が行った発言が事実として記録されたとしても、その発言が何を意図していたのか、どのような背景があるのかという点は、解釈の違いによって変わり得ます。

そのため、ファクトチェックを行う際には、単なる事実の確認だけでなく、その背後にあるコンテキストや背景も考慮することが求められます。

6. ファクトチェックをどう捉えるべきか?〜カエサルの言葉から学び取ること

カエサルの言葉

「見たいと欲するものしか見ない」は、人々が自分の願望や思い込みに囚われ、現実を歪めて捉えてしまうことを指しています。つまり、私たちは自分が信じたいこと、都合の良いことを信じ、その反対の情報を無視しがちです。

これは、客観的な視点を持つことの重要性を強調する言葉でもあります。

カエサルがこの言葉をどのように用いたかは、具体的に文献などで確認されていませんが、彼の行動や著作から類推できます。例えば、ガリア戦記では、敵の弱点を正確に把握し、戦術を立てて勝利を収めていますが、これは彼が「見たいと欲するものしか見ない」ような偏見や思い込みにとらわれずに、事実を客観的に捉えていたからだと考えられます。

また、カエサルは政治家としても、国民の願望や期待に左右されずに、国益を追求する姿勢を貫きました。これは、彼が「見たいと欲するものしか見ない」ような感情的な判断に囚われずに、冷静に状況を分析し、適切な意思決定をしていたからだと考えられます。

このように、カエサルは「見たいと欲するものしか見ない」という言葉を、単に人間が持つ心理的な傾向を指摘するだけでなく、リーダーシップや意思決定の重要性も示唆したと考えれます。

カエサルから学びとれること

カエサルの名言は、現代でも多くの人が陥りがちな「確証バイアス」を指摘する言葉としても知られています。

カエサルの言葉は、私たちに、自分自身の偏見や思い込みを意識し、客観的な視点を持つことの重要性を教えてくれます。そして、より良い判断を下し、より良い未来を築くためのヒントを与えてくれます。

カエサルの言葉「人間は見たいと欲するものしか見ない」は、現代社会のファクトチェックが直面する課題を鋭く言い当てています。私たちは、自分にとって都合の良い情報だけを選択的に受け入れ、そうでない情報を無意識に排除する傾向があるのです。

ファクトチェックは、この人間の本質を無視しては機能しません。真実を提示するだけでなく、なぜ人々が偽情報を信じてしまうのか、その心理的な背景を理解し、コミュニケーションの手法を工夫する必要があります。ファクトチェックは、単なる真偽判定ツールではなく、人々の「なぜそう信じるのか」という感情を読み解くための手がかりと捉えるべきでしょう。

施政においても世論誘導や情報操作の危険性を認識し、「公正であるべき」はずのファクトすら見る側のフィルターで歪められることを示しているのです。

7. ファクトチェックとSNSの功罪

SNSは情報伝播速度を圧倒的に加速しましたが、ファクトチェックを広めるための強力なツールであると同時に、偽情報が爆発的に拡散する温床でもあります。リアルタイムで大量の情報が飛び交う環境は、真偽を冷静に判断する時間を奪います。またSNS上でのアルゴリズムは、ユーザーの関心を引く情報を優先して表示するため、偏った情報やエコーチェンバーを作り出すことがあります。この点についても留意しなければなりません。

ファクトチェックによる「訂正表示」や、ユーザーによる注釈(Community Notes)は部分的に信頼性向上に寄与しうるものの、根本のバイアスや対立構造を解消するには至っていないのが現状です。

この状況において、ファクトチェック機関とSNSプラットフォームは、協力して偽情報の拡散を防ぐ責任を負っています。しかし、その一方で、表現の自由とのバランスをどう取るかという、より複雑な問題も常につきまとっています。

このため、ファクトチェックはSNSとの相互作用を考慮した上で行われるべきです。

8. そもそもファクトチェックは要るのか?

この問いに対する答えは、「はい、要ります。ただし、私たちの使い方次第でその価値は大きく変わる」です。

ファクトチェックがなければ、社会は虚偽の情報で溢れかえり、民主主義の根幹が揺らぎかねません。つまり真実を追求する姿勢が求められます。

しかし、その方法論には慎重を期すべきです。ファクトチェックを単なる「一方的な裁定」として使うのではなく、健全な議論を促し、多様な視点を持つための出発点として活用することが不可欠です。また、それが政治的な道具となることを防ぐための対策も必要です。

もちろん「誰が真実を決めるのか」「どこまで主観が入ってしまうのか」といった本質的な課題が常に問われ続けていることを承知の上で付き合っていかなければなりません。

9. ファクトチェックと私たちの未来〜あるべき姿を描く

私たちは、ファクトチェックに全幅の信頼を置くのではなく、ただの正誤判定ツールとしてではなく、「ファクトチェックをどう活用するか」という主体的な姿勢を持つべきです。

ファクトチェックが果たすべき役割は、社会全体の情報リテラシーを高め、健全な議論を促進することです。しかし、その運用には慎重なバランスが求められます。

では個人レベルでこれから何をしていけばよいでしょうか。

情報の出所を常に疑う習慣

信頼できる情報源から情報を得ているか、偏りのある情報ではないかを常に確認する意識を持つことが、第一歩となります。

対立ではなく対話を促すツールとして

ファクトチェックの結果を、相手を打ち負かすための武器ではなく、なぜそのような意見を持つに至ったのかを理解するための対話のきっかけと捉えることが大切です。

メディアリテラシーの向上

学校教育から大人向けの研修まで、偽情報を見抜き、批判的に情報を分析する力を養う教育を広めることが、社会全体のファクトチェック能力を高めます。

ファクトチェック機関の能力向上

チェックする側も、透明性ある過程や根拠の開示を通して、信頼性の高いチェックを提供できます。

終わりに

ファクトチェックは、私たちの社会を健全に保つための重要な装置であり続けます。しかし、その効果を最大限に引き出すためには、私たちの側にも、カエサルの時代から変わらない人間の本質を理解し、より賢明な情報の受け手となる努力が求められているのです。


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