「頑張りたいのに、頑張れなくなった」新卒1年目の僕が、心を壊して気づいたこと
新卒で入社した会社は、勢いのある“成長企業”でした。
「若いうちに圧倒的に成長したい」「結果を出して、自分の力を証明したい」——そんな思いで、必死に働きました。
最初は、遅くまで働くことも“頑張り”の一部だと思っていました。
でも、気づけば夜23時を過ぎてもオフィスには明かりがつき、
家に帰っても23時半ごろに上司から電話が鳴る。
「これ、明日までに完成させておいて」
そう言われれば、眠る時間を削ってでも終わらせるしかありませんでした。
いつの間にか、寝るのは毎日2時〜3時が当たり前になっていました。
朝は体が鉛のように重く、夜はパソコンの光に追われながら、自分を保つことで精一杯。
そんな日々の中で、ふとした瞬間に、理由もわからないまま涙が出るようになりました。
それでも「もっと頑張らなきゃ」と、自分を叱咤しながら働き続けていました。
でもある朝、会社に行こうとベッドから起き上がろうとした時、体が動きませんでした。
頭が真っ白になり、涙だけが溢れて止まらなかったのを今でも覚えています。
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病院で告げられた言葉は「うつ病」。
頭の中が真っ白になって、「自分が弱いからだ」と泣きながら帰りました。
そして何よりつらかったのは、音楽が聴けなくなったことでした。
今まで、どんな時も私を支えてくれたのは音楽でした。
落ち込んだ日も、孤独な夜も、音楽があったから前を向けた。
それくらい大事だった音楽を、耳が拒むように受け入れられなくなったんです。
人と関わることも怖くなり、
音楽を流していないのにイヤフォンをして歩いていました。
「誰とも関わりたくない」「何も聞きたくない」
そんな日々が、いつの間にか当たり前になっていました。
でも、時間が経った今は思います。
あの時、壊れてしまったのは自分が弱かったからじゃなく、環境が壊れていたからなんです。
そして、あの経験があったからこそ——
「同じように苦しむ誰かの力になりたい」と、心から思えるようになりました。
第1章 働くのが怖くなった日
「仕事に行くのが怖い」と思ったのは、あの日が初めてでした。
前日の夜、上司から与えられたタスクに、ほんの少し修正が入りました。
正直、内容自体は小さなものでした。
でも、その瞬間、部署全体に響くような大きな声で怒鳴られました。
その沈黙の中で、上司が隣にいたインターン生に向かって言いました。
「お前はこうなるなよ」
その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥がぎゅっと締めつけられるような感覚に襲われました。
情けなさ、恥ずかしさ、そして何より、
「自分の存在って何なんだろう」という虚しさが一気に押し寄せてきました。
それからというもの、
夜になると次の日のことを考えるだけで心臓が早くなり、
朝、電車に乗る足が重くなる日が増えていきました。
そんなある日、会社に行く準備をしている途中で、
涙が止まらなくなりました。
理由ははっきりしていました。
一緒に目標に向かって頑張ってきた同期が、
立て続けに3人、会社を辞めたんです。
笑い合いながら「いつか営業1位を取ろうな」と言っていた仲間たちが、
次々に去っていった。
「なんで自分だけ残ってるんだろう」
「もう一人で頑張る意味なんてあるのかな」
そう思った瞬間、
会社に行く気力が、すっと抜け落ちていきました。
そしてある朝、ついに体が悲鳴を上げました。
熱を測ると、39.8度。
中学・高校・大学と皆勤賞だった自分が、
初めて「休みます」と会社に連絡を入れました。
その翌日、熱は下がったものの、
朝起き上がろうとした瞬間、吐き気が込み上げ、体が動かなくなりました。
布団の中で、ただ天井を見つめながら思いました。
——あぁ、もう無理だ。
この日を境に、私の時間は止まりました。
でも、今振り返ると、
この“止まった日”こそが、自分を守るための最初のサインだったんだと思います。
第2章 心が壊れた原因を冷静に見つめてみる
少し時間が経ってから、ようやく気づいたことがあります。
それは、あのとき私が壊れてしまったのは、自分が弱かったからじゃないということです。
当時は、「自分がもっと頑張れば」「もっと効率的に動ければ」と、
すべてを自分の責任だと思い込んでいました。
けれど、冷静に振り返ると、あの環境そのものが、
人の心をすり減らしていく構造になっていたんです。
会社の勤務時間は、建前では「9時〜18時」。
でも、現実は違いました。
毎日23時を過ぎるまで働くのが当たり前で、
帰っても23時半ごろに上司から電話がかかってくる。
「これ、明日までにやっといて」
その言葉でまたパソコンを開くのが、日常になっていました。
週に5日、それが続く。
休みの日も、仕事のLINE通知を見るだけで心がざわつく。
“休んでいるのに休めていない”状態が、ずっと続いていました。
さらに追い打ちをかけるように、
少しでもできていない部分があると、部署全体の前で強く怒られる。
周りの目を気にしながら、ひたすら「自分が悪い」と思い込む。
そんな日々を繰り返しているうちに、
自分の中で「普通」の感覚が少しずつ壊れていきました。
「寝るのは2時〜3時が当たり前」
「怒鳴られるのは仕方ない」
「ミスをしたら自分の価値がなくなる」
——今思えば、どれもおかしいことなのに、
その頃の私は、それが当たり前の世界だと思っていました。
でも、人の心は機械じゃありません。
努力にも限界があるし、ミスをすることだってあります。
それでも、「完璧でいなきゃ」「弱音を吐いちゃいけない」と
思い込み続けた結果、少しずつ、自分を責める声が強くなっていきました。
「まだ足りない」
「こんなんじゃダメだ」
「みんなはもっとできてる」
頭の中で、そんな言葉が何度もリピートされていました。
今振り返ると、あのときの自分に一番かけてあげたかった言葉は、
「それはあなたのせいじゃないよ」という一言です。
どれだけ頑張っても報われない環境にいたら、
誰だって心が疲れてしまう。
むしろ、壊れてしまうのが自然なんです。
あの頃の自分を責めていた私に、
今ならこう伝えたいです。
「あなたはちゃんと頑張っていた。
壊れてしまったのは、弱さじゃなく、
“優しさ”と“責任感”が強すぎたからだよ」と。
第3章 少しずつ、心が戻り始めた日々
時間が止まっていたように感じたあの日から、
少しずつ、心が回復していくまでには長い時間がかかりました。
正直、最初のうちは「何をすればいいか」なんて、まったくわかりませんでした。
ただ、ひとつだけ強く感じていたのは——
「自分は社会に向いていない。はぐれ者なんだ」という感覚でした。
周りの人が普通に働いて、笑って、頑張っている中で、
自分だけが止まってしまったような気がして、
何をしても“自分は外れ者だ”と感じていました。
● “頑張る”をやめた日
うつ病と診断されてからしばらくの間、
私は「頑張る」という言葉から距離を置きました。
社会では、“頑張ることが正しい”と教えられます。
でも、心が壊れたあとにその言葉を聞くと、
まるで自分を否定されているような気持ちになるんです。
だから私は、
「今日は何もできなくてもいい」
「生きてるだけで充分えらい」
そう自分に言い聞かせるようにしました。
でも正直、それはとても難しかった。
長い間“頑張ることが正義”だと思ってきた自分にとって、
“頑張らなくてもいい”と自分に言い聞かせることほど、
苦しいことはありませんでした。
● 少しだけ外の世界に目を向けた日
ある日、近所の公園に行きました。
毎日のように通っていたはずの道なのに、
その日、初めて気づいたことがたくさんありました。
こんなにも花がきれいに咲いていること。
近所の子どもたちが笑いながら遊んでいること。
太陽の光が、木々の間からやさしく差し込んでいること。
いつも見えていたはずなのに、
心に余裕がなかった頃の自分は、何ひとつ見えていなかったんだと思いました。
風の音や人の笑い声が耳に入るたびに、
どこか懐かしい感情が少しずつ戻ってくるようでした。
● 再び音楽に触れられた日
それでも、音楽だけは怖かった。
大きな音を聞くと胸がざわついて、
まるで心が拒絶しているような感覚に襲われました。
今まで、どんなときも音楽が支えだったのに、
その音が怖くなるなんて思ってもいませんでした。
それでもある日、勇気を出してイヤフォンを耳に入れ、
小さな音で一曲だけ再生しました。
最初は涙が止まりませんでした。
でもその涙は、悲しみではなく、
「少しだけ帰ってこれた」という安堵の涙でした。
音楽は、また私を受け入れてくれたんです。
その瞬間、心のどこかで——“大丈夫かもしれない”と思えました。
● “何かをしなきゃ”から“ありのままでいい”へ
回復の途中で気づいたのは、
「何かを成し遂げなきゃ」よりも、「ありのままで生きていい」ということでした。
社会の中では、常に結果や数字で評価されます。
でも、心が壊れたあとに必要なのは、
評価でも努力でもなく、「自分を許すこと」でした。
“できない自分”を受け入れたとき、
初めて心が軽くなっていったんです。
あの日、体も心も止まってしまった自分が、
少しずつ外の光を感じられるようになったのは、
「頑張らなくてもいい」と認めた瞬間からでした。
そして今は、こう思います。
——“生きる”って、頑張ることよりも、“息をすること”から始まるんだと。
第4章 同じように苦しむあなたへ
もし今、心が重くて動けない日々を過ごしている人がいたら、
どうか知ってほしいことがあります。
あなたが「もう頑張れない」と感じるのは、
弱いからでも、甘えているからでもありません。
それは、ずっと頑張り続けてきた証拠です。
あの頃の私も、
「周りはみんなできているのに、自分だけがダメなんじゃないか」
「仕事に行けない自分なんて、社会に必要ないんじゃないか」
そんなふうに思っていました。
でも今は、はっきりと言えます。
壊れてしまったのは、あなたが弱かったからじゃない。
それだけ“真面目で、責任感のある人”だったからです。
もし、あなたが今も誰かの期待に応えようとして、
自分をすり減らしているなら、
一度立ち止まってほしい。
立ち止まることは“逃げること”ではなく、
「自分を守る」という、勇気のある選択です。
そして、どうか覚えておいてください。
自分のために生きてください。
そして、あなたのことを大切にしてくれる人、
あなたの大好きな人のために生きてみてください。
生きる理由は、立派なものでなくていい。
「この人を悲しませたくない」
「もう一度あの景色を見たい」
そんな小さな想いで十分なんです。
そしてもう一つ、心から伝えたいことがあります。
それは、誰でもいいから、周りの人に相談してほしいということです。
家族でも、友人でも、職場の人でも構いません。
あなたの言葉で、今の気持ちを相手に伝えてみてください。
きっと上手く言葉にならなくても大丈夫。
あなたの声を聞いてくれる人は、必ずどこかにいます。
私は、それができない人間でした。
心を閉ざし、人との連絡をすべて遮断していました。
うつの期間はLINEも削除していました。
「誰にも迷惑をかけたくない」と思っていたけれど、
本当は一番苦しかったのは、“誰にも助けを求められない自分”でした。
だからこそ、今伝えたいんです。
あなたの言葉は、誰かに届いていい。
そして、誰かに届いたその瞬間から、回復は始まります。
私は、うつを経験して初めて気づきました。
「誰かを助けたい」と思う人ほど、
本当は誰かに助けてもらいたかったんだということを。
そして、人は誰かに優しくされることで、
また誰かに優しくできるようになります。
だから、もし今のあなたが苦しみの中にいるなら、
無理に前を向かなくても大丈夫です。
泣いても、何もできなくても、
それでもあなたの存在には、ちゃんと意味があります。
正直、私自身もまだ完全に治ったわけではありません。
人と会ったり、楽しいことをしたり、
好きなことをしているときは気持ちが軽くなって、とても楽しい。
でも、そのあとにどっと疲れてしまったり、
気持ちが深く沈んでしまう日もあります。
そんなとき、私は“同じようにうつを経験した人”が書いた
ブログや動画を見ることで、心が少し楽になりました。
「自分だけじゃない」と思えた瞬間、
ほんの少し呼吸がしやすくなった気がしたんです。
だから今度は、私がその側に立ちたいと思いました。
私の記事が、誰か一人でも、心の重さを少しでも軽くできたなら、
それだけで書いた意味があると思っています。
あなたは一人じゃありません。
そして、壊れてしまった心も、
時間をかければ、きっと少しずつ戻っていきます。
どうか今日だけは、
「生きることをやめないで」と、自分に言ってあげてください。
最後に
壊れてもいい。
止まってもいい。
立ち上がるのは、またいつかでいい。
大切なのは、
「まだ終わっていない」ということを、
どうか忘れないでほしい。
あなたの心が、少しでも軽くなりますように。
終章 壊れた心が教えてくれたこと
うつを経験して、私は多くのものを失いました。
仕事、日常、そして「自分は大丈夫」という自信も。
でも、時間が経って振り返ると、
あの経験がなければ気づけなかったことが、たくさんありました。
壊れることは、決して悪いことではありません。
むしろ、壊れるまで頑張ってしまうほど、あなたは真剣に生きていたという証です。
心が壊れたことで、私は初めて“人の優しさ”に気づきました。
何気ない「大丈夫?」の一言が、こんなにも心に沁みること。
誰かが自分を気にかけてくれるだけで、生きる力になること。
そんな当たり前のことを、ようやく実感できました。
そして、心が壊れても、
人はちゃんと笑える日を取り戻せます。
それは一瞬で訪れるものではなく、
小さな「楽しい」を積み重ねるうちに、
少しずつ戻ってくるものです。
私の場合、それは音楽でした。
怖くて聴けなかった音を、再び受け入れられた日。
その日、私はようやく「生きていてよかった」と思えました。
うつになって初めて、「生きる」ことの意味を考えました。
それまでの私は、“結果を出すために生きる”ことばかり考えていました。
でも今は、“今日を生きる”ことそのものが、十分すごいことだと思っています。
朝、少し笑えた。
外の空気を吸えた。
好きな音楽を聴けた。
それだけで、生きている意味はある。
この記事を読んでいる人の中にも、
「自分はうつにはならない」と思っている人も多いかもしれません。
でも、私もそう思っていました。
「自分は大丈夫」「気持ちの問題だ」と思っていた私が、
気づいたら心が動かなくなっていました。
だからこそ、今伝えたいんです。
うつは“弱い人”がなるものではなく、
むしろ“真面目で責任感が強い人”ほど、心が疲れやすい病気なんだと。
私はこの経験を、悲しい出来事として終わらせたくありません。
これからも、同じように苦しんでいる人に向けて、
「あなたの痛みはひとりじゃない」と伝えていきたい。
私自身、まだ途中です。
波のように気持ちが上がったり下がったりしながら、
それでも少しずつ、光のほうへ向かって歩いています。
この文章をここまで読んでくださったあなたに、心から伝えたいです。
どうか、生きてください。
誰かのためでも、何かのためでもなく、
あなた自身のために。
そして、いつか心が少し元気を取り戻したときに、
同じように誰かに優しさを渡してあげてください。
その優しさの連鎖が、きっと誰かの明日を救います。
この経験を通して、私は強く感じました。
人生は、何度だってやり直せる。
この文章が、どこかの誰かの心を少しでも軽くできますように。
そして、あなたと私が「生きていてよかった」と思える日が、
必ずまた訪れますように。
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