ショートショート ノーゾンビ映画
企画書のタイトルは、シンプルだった。
「ゾンビが出ないゾンビ映画」
プロデューサーの橘は、会議室でその一枚を眺めながら、珈琲を飲んだ。飲み終えてから、もう一度読んだ。内容は変わらなかった。
脚本家の名前は、新人の宮内とあった。
呼び出した。
二十六歳の、痩せた男が来た。
橘は聞いた。ゾンビが出ないなら、何が出るんですか。
宮内は答えた。何も出ません。
橘はまた珈琲を飲んだ。
説明してください、と言った。
宮内は話し始めた。
舞台は、ゾンビが発生した世界です。主人公たちは、ゾンビを恐れて、廃工場に立てこもっています。食料を探しに行けない。外の様子を見に行けない。ゾンビが怖いから。
ゾンビは、一度も画面に出てきません。
物音だけです。遠吠えのような声。窓の外を走る影。引っかく音。
ただそれだけ。
橘は腕を組んだ。
で、どうなるんですか、主人公たちは。
宮内は言った。食料が尽きて、誰かが外に出なければならなくなります。全員が、他の誰かに行かせようとします。疑い合い、罵り合い、密告し合う。仲間が次々に壊れていきます。最後の一人になったとき、彼はドアを開けます。
ゾンビは、いませんでした。
もうとっくに、どこかへ行っていたんです。一週間前から、物音ひとつしていなかった。ただ、誰も確かめに行かなかっただけで。
廃工場には、ゾンビより先に、人間が全滅していました。
橘は、長い沈黙の後に言った。
怖いですね。
宮内はうなずいた。
ゾンビより、という意味ですか。
宮内は静かに答えた。
ゾンビが怖いんじゃなくて、ゾンビを想像している自分たちが怖い映画です。
その映画は、低予算で作られた。
ゾンビのメイクにかかった費用は、ゼロ円だった。
映画祭で、観客賞を取った。
受賞スピーチで、宮内は言った。
ゾンビは一度も撮影していません。でも、すべてのシーンにいました。
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