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33年の歳月とそれでも「ほんの少しの差」

1993年10月29日(金)0時10分頃。
DENのリビングで日本代表の試合をTV観戦し後半アディショナルタイムに椅子から転げ落ちた。

あの日、日本サッカーはワールドカップ初出場という夢をあと一歩のところで逃した。

そして今日2026年6月30日(火)午前3時35分。
同じDENのリビングで、同じ椅子に座り、またしても後半アディショナルタイムに椅子から転げ落ちた。

33年前との違いはたくさんある。

29歳だった私は62歳になり、黒髪は白髪になり、今では4人の孫にも恵まれている。

それでも変わらないこと。

ビールも飲まず、一人でテレビの前に座り、熱く日本代表を応援していること。※他の試合はビール飲んでいます(^^ )

そして、DENには33年前と変わらず、たくさんのサッカー仲間が集まってくれている。
さらに、あの頃も今も、私はコーチとしてピッチの上で子どもたちと向き合っている。

33年前、日本代表の目標は「ワールドカップに出場する」でした。

今回の代表選手達は「ワールドカップ優勝」を本気で口にしている。
僕の中では「ベスト4」へ「ベスト8」でも行って欲しい・・・。

ワールドカップ出場することは、マストであり通過点。

33年前の日本代表は全員がJリーグでプレーする選手でした。
一方、今回の代表はGK2人を除き、全員がヨーロッパでプレーする選手。長友選手もプレーしていた。

日本サッカーは間違いなく大きく進化しています。

余談ですが、33年前に生まれていた現代表選手は、6歳だった長友選手、1歳だった谷口選手、そして生まれたばかりだった伊藤選手くらい。他の選手たちは、まだこの世に誕生していない。そして森保さんは日本代表としてドーハの悲劇をヤスさんやカズさんと一緒に経験している。

それだけの長い年月をかけ、日本サッカーは世界で認められる国になりました。

しかし、日本が進化したように、世界も進化している。

もし今回、ブラジル戦を延長やPK戦で勝ち切っていたとしても、試合全体を振り返れば、やはりブラジルのほうが一枚も二枚も上だったと感じます。

その先に待つ「ワールドカップ優勝」までたどり着けたかと問われれば、まだ難しかったと思います。

世界との差は、ほんの少し。

でも、その「ほんの少しの差」が、とてつもなく大きな差であると再認識した試合でもありました。

日本は、チームとしての最適化,完成度や組織力は、すでに世界トップレベルに近づいていると思います。

それでも、部分最適,個の力は、まだ足りていない。

私の中では、20年前の中田英寿選手が到達していたような「世界基準の個」を持つ選手は、まだ多くはいないと感じます。もちろん、これからそこへ到達する選手は数名はいそうです。

しかし、ワールドカップ優勝を目指すなら、そのような選手が一人、二人では足りないことは誰もが感じていると思います。

そうした選手が何人もいる代表チームになってこそ、本当の意味で優勝国に相応しいサッカーが見えてくるのだと思います。

今では、日本人がヨーロッパでプレーすることは特別なことではなくなりました。

だからこそ、日々の積み重ねが何よりも大切です。
「サッカーには夢がある」そう思える環境を社会を創っていく。

子どもたちひとりひとりに種をまき、良い環境をつくり、挑戦できる土壌を耕し続ける。

その積み重ねが、世界との差である「ほんの少しの差」を埋めていく唯一の方法なのだと信じています。

私たち指導者は、そのことに誇りを持ち、少しでも多くの良質な土壌を創っていけるようにしていかなければと感じています。

先ずは目の前の子どもたちに愛情を注ぎます。

まだまだ楽しみな試合が続きます!

今日に感謝し、明日も良き日に
ネバーギブアップフットボール


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