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喜びの日に悲しい気持ちを抱きしめて

Merry Christmas🎄

久しぶりにnoteを書いています。

昨日はグループホームに入所している父の面会に行ってきました。
この1年の間に痩せ細ってしまい、褥瘡と骨ばったあちこちの接触の痛みからか車椅子への移動の際に「いたい、いたい、いたーい、いたーーい。」と叫んでいる様子(スタッフさんありがとう)。
ボランティアのサンタさんがお菓子を配ってくださり、やっと笑顔が見られ、その後お昼ご飯を一生懸命食べていました。一昨日届けたエプロンを着けて。
食べることだけが最後の楽しみになっていくのかもしれません。

その必死の食事姿と幼子のような笑顔と力ないさよならの手の振りはもう私の知っているあの優しくダンディだった父ではありませんでした。私の知らない人。そんな感覚。

父は94歳、とっくの昔に男性の平均寿命を通り越し、身体には病的な悪いところがないため、認知症と身体の衰弱だけがどんどん進んでいきます。
昨年7月にコロナに罹患して転がるように歩けなくなり、リハビリ病院に3ヶ月入院の後、同じ病院の上階にある老人保健施設で1年以上過ごしました。
途中春先に気力体力共に失い、身体がとても弱った時期があり、特別養護老人ホームの順番待ちをしていたこともありましたが、夏頃からかなり元気になって特養ではなくグループホームにお世話になった方がよいのではと探していました。
色々な経緯を経て、やっと今のグループホームに繋がり、今月初めに入所。

こちらでは終の住処、自分の家のように過ごして欲しいとご提案はありましたが、父はもう何も願わないし、判断もできないし、とにかく少しでも笑顔が増え、心穏やかに過ごして欲しいと家族は考えています。

ここにきて加速的に朽ち果て枯れていく姿を見ているともうそう長くはないのではと。このまま寝たきりになってしまうのかも。「もういいよ。」と早く終わりにしてあげたい。
慈しみ愛しみ育ててくれた人の想像もしなかった姿を見ていると神様は残酷だなあと思います。
こんな姿は見たくなかったし、突然さよならできるものだと信じていたのに、うまくいかないものです。
それでもどんな姿になっても父は父。
受け入れて何度でも会いにいくべきなんだろうなとぼんやり悲しく考えています。
もしお別れの日が来てもきっと泣かない気がします。
今の父の姿は私の知らない人だから。
あの大好きだった父は私の心にしかいないから。

喜びの日に悲しみを少しだけ抱きしめて。

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