【他山の石】砥石になりたい石ころ(草稿)
⚫はじめに
「他山の石」
出典は中国『詩経』の「他山の石、以て玉を攻むべし」に基づく。
大雑把に言うと、
「役に立たなそうな石でも自分の宝石を磨くのに役立つ」
という意味です。
似た言葉に、「人の振り見て我が振り直せ」という言葉もあります。
一見関係ないものや「魅力を感じない」ものも、
「ものの捉え方」次第で自身にとってプラスに働く。
そういう「気づき」が得られるわけですね。
⚫「もし私が石なら」
では、私自身が「他山の石」だったらどうなのかと考えてみます。
それはそれで「宝石を磨く」事に貢献できるという事ですから、
それならたとえ「石ころ」でも「悪くない」と思うのです。
ただ、仮にその「石」があまりにゴツゴツしていて踏んだ人の足を痛めてしまうようなら、
「磨いて貰ってでも」その角を落としたい所です。
もしそうであれば「私」という石はいくらかでも丸くなりますし、「宝石さん」はより光り輝くという、いわばWIN-WINの構図が成立するわけです。
ちょっと虫が良すぎる話でしょうか?
⚫「石」は磨いて貰うために別の山へ
なんにせよ私という「石」は、別の山にお住まいの「宝石さん」と出会う必要があると思うのです。
それから、せめて砥石にでも「使ってもらえる」ようにならないと、そこら辺に転がる「ただの石」でしかないという事です。
「石」が「宝石さん」と出会い交流する事で、その「石」にも「宝石さん」にも「いい影響」があれば喜ばしい限りです。
ただ私は痛覚を持つちょっと変わった「石」なので、あんまりゴリゴリされると痛いかな、なんて思ってしまいます。
⚫ちょっとずつ角をとる
石と宝石をあんまり強い力で擦り合わせたら、最悪お互いが粉々になりかねません。
ちょっとずつその角を丸くしていくように、
ピカピカの宝石に傷がつかないように、です。
たとえ磨いて貰えなかったとしても、「石」は「宝石さん」の光沢に憧れて、自らその角を少しでも丸くしようって思います。
荒削りで無骨な「石」ではございますが…。
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