鉄道事業論:鉄道の本質と日欧米の思想的分岐とその構造
目次
【1】鉄道を作ろう
── 蒸気機関と石炭輸送に見る19世紀初頭の制約
【2】「A列車 vs Railway Empire」比較
── 日本的鉄道経営と欧米的インフラ思想の違い
【3】なぜ欧米にA列車的発展がなかったのか?
── 都市成長を妨げた構造的要因を読む
【4】未来への応用や異世界応用可能性
── 歴史考証と創作設計を結ぶ視点とは
なぜ日本の都市圏はここまで鉄道網が密集し、欧州はそうならなかったのか?
『A列車で行こう』と『Railway Empire』のゲーム的対比から、日欧米の鉄道思想とインフラの歴史的乖離を紐解く。
【1】鉄道を作ろう
19世紀初頭、欧州はナポレオンの軍靴に踏みにじられた。欧州列強は対抗してナポレオンを放逐し、遂にフランスを革命以前に戻すことに成功した。世に言うウィーン体制の始まりである。
この時期を題材に一つ小説を執筆してみようと思ったことが全ての始まりであった。
1820-30年代という時代を考えると、鉄道と船舶に蒸気機関が普及し始めた頃でもある。故に白紙とも言える状況で主人公はフリーハンドを与えられていると言っても良いのだ。
だが、正直なところかなり惑わされる状況にあることに気付かされる。蒸気機関には石炭という常識がある。つまり、蒸気船にしろ蒸気機関車にしろ、石炭がなくてはならない。
では、その石炭を運ぶ手段は?
という話である。そう、石炭なんて都合よくどこにでもあるわけではない。まして、重量物で運ぶにしても運ぶ手段が限られる。
蒸気機関車の燃費をわかりやすく把握するために、1930年代の基準を用いるとしよう。鉄道省制式のC51形蒸気機関車はおおよそ石炭1tで35km、水1tで10-15km程度走行可能である。それは100年後の基準でしかないのであるが、だが、まぁ、似たような燃費だとして仮定しても、基本的に問題は変わらない。
要は石炭を効率よく運ぶ手段として蒸気機関車を用いるのが適当であるが、その当の蒸気機関車も石炭を燃料としているわけであり、それ故に卵が先か、鶏が先かという話となってしまうのだ。
その大量の石炭をどうやって機関区や駅、波止場に用意するのかという話。水はなんとかなるとしても、軽々しく都市間輸送なんかに蒸気鉄道や蒸気船を用いるなんて出来ないと考え至る。
ここから先は
¥ 500
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
