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【自己紹介】発達障害の私が心の作家“よりみち”という名前の理由

【更新日2026年7月9日】

「ここにいていいの?」
自分の存在を自分で信じることができない子どもがいた。私だ。

授業にはついていけない。教室の音がつらい。ずっと「ここにいていいのかな」と思っていた。でも、筆を持ったあの日、世界が少しずつ変わりはじめた。

2023年には初のアート展を開き、70人以上が来場。2024年にはXフォロワー1万人を突破し、企業ロゴやYouTubeアニメの依頼も届いた。2025年、NPO法人での講演、大阪で80人を動員したアート展を主催。2026年は商業作家として自伝と絵本を出し、就労移行支援での講演もした。そんな私の"まわり道"の軌跡を、"よりみち"という名前に込めて綴ります。


私は「よりみち」という名前で活動している商業作家・エッセイスト・絵本作家・アーティストです。
でも、ここに来るまでには、たくさんの"まわり道"がありました。

絵が逃げ場所だった

子どもの頃、私はあまり話さなかった。3歳児健診で「発話が遅いですね」と言われ、母が気にしているのを感じていた。
「空気がちがう」そんな感覚があった。小学校に上がってもその違和感は消えず、授業のスピードについていけない。ノートは空白だらけ。「私って、ここにいていいのかな?」と毎日不安とイライラでいっぱいだった。

そんな中、詩だけは先生が褒めてくれた。「キミの言葉、きれいだね」
その一言が、息が詰まっていた私に酸素を与えてくれた。

不登校の私と、海辺と、絵の先生

中学校では、教室にいるだけで苦しくなった。
人の声、時計の音、教室の空気…すべてが自分に合っていない気がした。そして学校に行けなくなった。

そんなとき、父が画家の先生を紹介してくれた。
アトリエで初めてキャンバスに向かった瞬間、絵の具の匂い、筆の感触…全てが新しくて、心が解放された。
「これが自分のペースなのかもしれない」と感じた。祖父の海辺の家で過ごした時間も、私をゆっくりと癒してくれた。

父の死、会社員、そして“よりみち”という名前

30代で父が亡くなった。「お前のことが心配だ」という言葉を残して。

「このままじゃいけない」そう強く思った。そこから避けていた問題に向き合い、福祉施設を経て障害者雇用で初めて会社員になった。

毎日帰宅後はクタクタ。でも、忘れかけていた道具たちが「ボクを忘れたの?」とささやいていた。

それは、絵だった。

あきらめかけた絵を、私はまた描き始めた。誰にも理解されず、クレイジーだと言われても。

そして2023年。「よりみち」と名乗った。
まわり道ばかりの私にこそ、“よりみち”という名前がぴったりだった。
それは単なる活動名ではなく、自分らしさを取り戻すための旗印だった。

よりみちが、世界を連れてきてくれた

初のアート展を鎌倉で開催。Xのみの告知にも関わらず、70人以上が来場してくれた。

ある来場者が、私の絵の前で涙ぐみながら言ってくれた。
「この絵、私の気持ちみたいです」
その瞬間、私の絵が誰かの心と繋がったと確信した。

やがて、

高円寺の時には、Xフォロワーが1万人を超えた。

その後、企業ロゴの依頼、YouTubeアニメの仕事まで。
「よりみちさんに頼みたい」と言ってもらえる機会が増えた。
今では本名よりも「よりみち」の方が、私らしく感じる。
2025年には葛飾区のつばめ会での講演が決定。
自分の声で講演ができる日が来るなんて、足がすくみ、目頭が熱くなった。



メンバーシップ【よりみちの地図】

2025年1月スタート。
よりみちの思考の裏側に触れられるコミュニティです。
定期的にzoomお茶会を開催しています。


絵は、うまくなくていい

描いても意味がないかもしれない。でも、私にとっては、生きるための"通路"だった。暗い場所に迷い込んだとき、光の差す方へ導いてくれる存在だった。誰にも見せなくてもいい。でも、誰かが見てくれたらうれしい。そんな絵を、私はこれからも描き続けたいと思う。

あなたの心の中にも、あなたを救ってくれる"よりみち"はありますか?

よりみちの書籍

『発達障害のよりみちが、それでも生きる理由。』

『よりみちが生まれた日』

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