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進んで厄介事を拾いにいく人と、そうでない人の違い

「言い出しっぺが馬鹿を見る」日本企業の構造

言い出しっぺが馬鹿を見る。日本企業において一定数聞かれる話です。何か問題を見つけ改善点を指摘すること自体は素晴らしいにもかかわらず、「じゃあ君がやって」と言われてしまう。やるとなれば仕事なので断れないにしても、他の通常業務が軽減されることもなく純粋にタスクだけが増える。こうした状況が散見されるから、日本企業には「言い出しっぺが負け」の法則が存在するのでしょう。

これは多くの場合、評価制度とも密接につながっています。ある程度成熟した企業では、評価されるタスクと評価されないタスクが厳密に線引きされているケースがあり、通常業務は下ろしてもらえません。その結果、検知した問題点をプラスアルファの努力で解決しなければならず、せっかく課題を見つけても報告やエスカレーションがインセンティブにならないという循環が起こります。ここには組織設計の問題があると感じます。近年も人事評価への不満が常態化している調査結果が報告されており、制度の課題は根強いと感じます。

改善提案をした瞬間に責任者扱いになり、通常業務に加えてその対応まで抱え込んでしまう。深く関われば関わるほどタスクだけが雪だるま式に膨らむのに評価は据え置き、という声もよく聞きます。こうした経験が蓄積すると、人は自然と余計なことを言わなくなり、課題に気づいても黙ってやり過ごすようになってしまいます。

厄介事を拾う人と拾わない人、その違いとは

一方で、組織の仕組みと切り離して個人にフォーカスしてみましょう。今回のテーマは厄介事、面倒なタスク、トイルと呼ばれるものです。これを積極的に拾いに行く人と、そうでない人をどちらも見てきました。この違いには何があるのか、しっかり見ていきたいと思います。

ここで言う厄介事とは、誰かが担当を名乗り出なければ宙に浮いてしまう面倒なタスクやトイル全般です。放置してもすぐに爆発はしないけれど、積み重なると確実に業務の足を引っ張る。私は実際に、そうした案件が机の脇に積み上がっていく光景を何度も目にしてきました。

私も大企業を経験しましたが、可視化できる厄介事に手を挙げる人は決して多くありませんでした。手を挙げてもメリットがないという感覚が強く、先ほど触れた制度設計の影響が大きいのだと思います。メンバークラスであれば、厄介事を引き受けたところで今の仕事が減るわけでもなく、タスクの順番が入れ替わるだけですし、それをやったからといって必ず高く評価されるわけでもない。だから積極的に手を挙げる人はほとんどいませんでした。

その一方で、いくつかのスタートアップを経験する中で、厄介事を進んで引き受ける人はハイパフォーマーであるケースを何度も目にしました。小さい組織では、厄介事を当然のように引き受ける人が高い成果を出すのです。なぜなのかを考えると、そこにはオーナーシップのマインドの違いがあるのだと思います。スタートアップ界隈でも落ちているボールを拾う人を評価する声をよく聞きます。

ハイパフォーマーの本質は「ビジネスを前に進める」マインド

そもそもハイパフォーマーとはどういう存在でしょうか。仕事によって成果の基準は測りにくいものです。営業であれば数字が出れば分かりますが、プロダクト開発のようにチームで進める仕事では可視化が難しい。もちろん、どれだけチケットを消化したかという定量的な指標は作れますが、簡単なタスクばかりやっていてもチケットは減りますし、軸を変えて分析すると違う景色が見えたりします。つまり、「ハイパフォーマーとは何を持っているのか」は意外とおぼろげになりがちなのです。

同じ成果でも、どの角度から見るかで評価は変わります。短期の数字だけを切り取れば平均的に見える人が、長期の成長率で見ると抜きんでている場合もある。逆に、簡単なタスクを大量にこなしているだけなのに高く見えてしまう場合もある。表面的な指標だけでは、誰が真のハイパフォーマーなのか判断しづらいのです。

それでもハイパフォーマーが厄介事を引き受ける理由は明快です。ハイパフォーマーのマインドは、会社のビジネスを前に進めるために必要なことをすべてやるというものだからです。事業や会社をどれだけ前進させられるか、それがハイパフォーマーかどうかを決めます。

必要だからやる、というシンプルな基準で動ける人は、目の前の肩書きや役割に縛られません。自分の職務範囲ではないと言われても、ビジネスを進めるために不可欠なら手を出す。その繰り返しが周囲からの信頼を厚くし、さらに大きな仕事が回ってくるという好循環を生みます。

プロ野球で大活躍する選手がプロサッカーでは活躍できないのと同じように、そのフィールドでチームを勝たせられる結果を出せるかどうかが全てです。だからこそ、ハイパフォーマーはビジネスを進めるために必要な厄介事なら自ら引き受けますし、逆にやらなくても誰も困らない瑣末事には手を付けません。

スタートアップと大企業、落ちているボールの数が違う

大企業では、必要なタスクが割り当てられるまで待ったり、自分の職責に閉じこもったりすることが少なくありません。成熟した組織ほど役割が細かく決まっていて、その領域で成果を出せばとりあえず評価されます。「自分がやらなくても誰かがやってくれる」という感覚が強く、自発的に手を挙げるメリットが小さいわけです。

与えられた職務記述書の範囲で成果を出し、評価面談で説明できる材料を揃える。それだけで十分とされる環境では、誰も好き好んで余計なトイルを抱えようとしません。むしろ、余計なことをして失敗したら責められるという恐れすらあるのです。

しかしスタートアップでは、本当に足りないものだらけで、そこら中にボールが落ちています。それを拾わない人はパフォーマンスを発揮できません。自分の専門分野だけで成果を出すのではなく、より広く成果を出すことが求められているからです。

ボールが落ちているという感覚は、重要な仕事が宙に浮いているということです。誰も拾わなければ、開発も営業も次に進めません。だからスタートアップでは、厄介事に素早く反応できる人が自然と頼られるのです。

スタートアップの創業者や社長は当然ながらハイパフォーマーです。自分の会社ですから、何でも自分でやらねばなりません。売上が立って従業員を雇えるようになっても、楽になるために人を雇うのではなく、ビジネスを伸ばすために必要な専門性を持った人を採用する。お金がないうちは足りていない部分を自分で補う。これが起業家、社長のマインドです。だからハイパフォーマーなのです。

創業初期は肩書きに意味がなく、営業も採用も開発もバックオフィスも、自分たちで回さねば会社が止まってしまいます。資金が潤沢でないからこそ、自分が汗をかいて穴を埋める。経験を積んだ創業者は、厄介事を避けることが会社のリスクになると骨身にしみて理解しています。

売上が立ったら自分を楽にする投資をしたくなるかもしれませんが、本来は今まで届かなかった領域に挑むために資金を使うべきでしょう。どこに投資するかを決める際、会社を伸ばす方向か、自分を楽にする方向かを選ぶはずです。もちろん、自分を楽にすることが会社の成長につながるなら問題はありません。しかし経営者は、そうでない限り会社を伸ばす方向へ投資し続け、必要であれば苦しみを抱えながら進みます。そういう人が成功するのだと感じます。

理想と現実の板挟みで、楽をしたくなる瞬間は必ず訪れます。それでも会社を伸ばす方向へステアリングを切り続ける人こそが、結果的に自分も楽になる未来を手に入れているように見えます。短期的な快適さと長期的な成長、その両方を天秤にかけながら厄介事を選び取るのです。

厄介事を拾うことが中長期的なキャリアを作る

ベンチャー企業か大企業かにかかわらず、厄介事を積極的に拾う人は中長期では必ず昇進すると私は感じます。彼らはオーナーシップを持ち、会社や組織運営に何が必要かを理解したうえで、自分の時間を投じられる人たちです。評価されるかどうかや、自分が楽かどうかの次元を超えて、組織全体を見て行動しています。そうした資質を持つ人は、落ちているボールを拾い続けます。ベンチャーマインドを持つ人は、ベンチャーであっても大企業であっても成果を出すはずです。

私が見てきた限り、ベンチャーマインドを持つ人は肩書きや等級が変わっても行動が変わりません。環境が変われば変化に合わせてやるべきことを見極め、また新しい厄介事を拾い続けます。その継続性が、最終的には大きな信頼と役割につながっていきます。

ベンチャーマインドの本質は、自分の専門領域にとどまらず可能性を広げていく姿勢にあります。未経験の領域でも、不慣れでも、思い切って取り組み、結果を出すまで粘る。その姿勢を評価しようとする組織が、特にスタートアップでは増えてきました。仕組みさえ整えば、文化として根付くのです。

ベンチャーマインドを持った人たちは、成果が出ない期間を「準備期間」だと捉えます。未経験の領域でも仮説検証を繰り返し、学びを周囲に共有し、次の挑戦につなげる。その地道な積み重ねを楽しめること自体が、厄介事を味方につける力なのだと思います。

厄介事を拾うことで失うのは、自分の時間とエネルギーくらいです。中長期で見れば、その価値は必ず伝わります。短期で評価されないとしても、長い社会人人生や転職の可能性を考えれば大した問題ではありません。むしろ、自分の可能性を狭めてしまうほうがもったいないのです。

短期的な評価に一喜一憂して足踏みするよりも、「いつか必ず役に立つ」と信じて経験値をためるほうが健全です。厄介事に向き合った時間は、のちに周囲を助ける引き出しとして蓄積されます。私はそういう人が転職市場でも強く評価される事例を多く見てきました。

今は素晴らしい時代で、コミュニティー運営などをしている人もたくさんいます。コミュニティー運営は厄介事の極みであり、さまざまな人を調整し、イベント会場を借りたり、場を盛り上げるために力を尽くさねばなりません。運営者が直接お金を得ることはほとんどなく、イベントの費用をカンパで賄うような活動が多い。費用対効果や運営リソース不足への不安が大きいとの調査結果もあり、負担の大きさが可視化されています。それでもコミュニティーが盛り上がれば、運営者は高く評価され、強い存在感を放ちます。厄介事を拾った好例だと思います。評価されることを目的にコミュニティーを作っていたら、こうはならなかったでしょう。こうした活動が副業や本業の評価につながる時代になってきていると感じます。

参加者の募集をかけたり、タイムテーブルを調整したり、関係者の予定を合わせたり。細かな調整ばかりで華やかさはありませんが、それでも場が成立した瞬間に得られる充実感は大きい。積み重ねが周囲からの信頼となり、次のプロジェクトへとつながっていきます。

厄介事を楽しむマインドと、避けることのリスク

だからこそ、普段から厄介事を拾うことも悪くありません。私なりの Tips は、厄介事を拾うなら、まずそれを楽しむことです。楽しみながら取り組んでいれば、何度か壁にぶつかっても自然と乗り越えられるようになります。厄介事を拾う習慣が身につけば、それ自体が楽しくなりますし、これまでの経験が思わぬ形でつながることもあります。

最初は小さな厄介事を拾うだけでも十分です。身の回りに落ちているタスクを拾い続けるうちに、楽しむ感覚が育っていきますし、難易度の高い厄介事にも構えず挑めるようになります。

もし今、自分が厄介事を避けてしまっていると感じるなら、それは危険信号かもしれません。落ちているボールを拾わない人というレッテルを周囲から貼られてしまうと、信頼を失い、遠ざけられてしまう。基本的に自走して価値を出せる人は厄介事を拾うものです。拾われていない厄介事が多いのであれば、組織の問題だけでなく、自分が自走できていない証拠かもしれないと捉えてもいいでしょう。

一度レッテルを貼られてしまうと、「この人に任せても仕上がらない」と判断され、重要なプロジェクトから外されがちです。逆に、落ちているボールを拾う人には自然と情報が集まり、困ったときに真っ先に声がかかるようになります。

会社側の目線で見ても、そういう人は中長期では評価されません。メンバークラスの位置を超えられないからです。管理職になりたくないという選択肢もありますが、リーダークラスの仕事を任せられなければ、経験の幅は広がりにくい。良質な経験のフィールドが得られにくくなってしまうのです。

経験の幅が広がらなければ、次のキャリアのカードも増えません。厄介事を避け続けることは、未来の選択肢を自ら狭める行為でもあるのです。

管理職にならないと給料が上がらないわけではありませんが、基本的に報酬は会社に与えたインパクトの度合いで決まります。会社が必要としている厄介事を拾わない人が大きなインパクトを与えられるでしょうか。中長期ではやはり評価されないのです。

面倒な仕事を素早く片付ける人がいると、チーム全体のスピードが上がります。結果として、他のメンバーも自分の得意領域に集中できる。厄介事を引き受けることは、裏側で全体の生産性を底上げする行為なのです。

誰だって厄介事は避けたいですし、できるだけ楽をしたいと思うのは自然です。ただ、ビジネスにおいて厄介事とは、会社が前に進むために解決しなければならない課題の別名です。面倒な仕事だからこそ、誰かがさっさと片付ける必要がある。挑戦してやり切る人こそが、ハイパフォーマーへの道を歩みます。

「自分が動かなければ誰も動かない」と気づいた瞬間に、厄介事への向き合い方は変わります。仮にうまくいかなくても、その試行錯誤自体が学びとなり、次に同じ状況になったときの解像度を高めてくれます。

正直、何が必要とされているかを自分の頭で考え、行動できる人の価値は下がりません。その能力を持つ人は思った以上に少ない。だからこそ、身につければ非常に強力な武器になるのです。できることはたくさんあるはずです。

私自身の経験から

私自身も大企業で働いていた頃、多少なりとも価値を出したいと考えていました。そこで社内の勉強会を企画し、新しい技術スタックを学ぶ場を開き、コミュニケーションの仕組みを整えました。新しい技術に興味があるエンジニアであれば挑戦する価値があるはずだと思ったからです。そうした活動を続けていたところ、会社全体で初めて取り組む技術的チャレンジの案件を任されたり、香港のスタートアップに出向する経験を得られたりしました。もちろん狙ってやったわけではなく、運が良かった面もあります。それでも実際に厄介事を積極的に引き受けていたおかげで、チャンスをつかめた感覚はあります。

活動を続ける中では思うように成果が出ない時期もありましたし、準備の負荷に押しつぶされそうになる瞬間もありました。それでも、関わった人たちが少しずつ変化していく様子を目の当たりにすると、厄介事に取り組む意義を強く実感できました。

もし今、何かに悩んでいるなら、ぜひ厄介事にチャレンジしてみてください。短期的に見るとしんどいかもしれませんが、中長期で振り返れば必ず良い経験になります。

厄介事は短期的には重く感じますが、向き合った時間と経験は必ず蓄積されます。今は成果が見えなくても、数年後に振り返ったとき「あのとき拾っておいて良かった」と思える瞬間がきっと訪れます。

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