居場所は、サードプレイス

今日は居場所をやって良かったこと、について書いてみたいと思う。
僕は2003年から対人関係に苦手意識を持つ人、生きづらさを抱える人が人間関係の練習、自己表現の練習ができる居場所を自宅を開放して始めました。 結婚と同時に妻と2人でスタートしました。 と思ていましたが、いま、妻に確認したら、結婚する前からスタートしていました。(笑)
6月からスタートして、11月に結婚式を挙げて、12月に入籍、という順番でした。
当時、僕は31歳、妻は29歳でした。
なぜ居場所を始めたのか。
それは、僕がそのような居場所を求めていたから、というのもあります。 僕はひきこもり支援NPOで働く前、人はなぜ生きるのか、生きる目的は?など、重たいテーマについて考えていました。とは言っても重苦しく悩みこんでいた、という訳ではなく、どこか軽さを持ちつつも、という感じでした。
うまく表現できてなくて恥ずかしい・・・。
でも、職場ではそんなこと話す雰囲気はありませんでした。 そんな発言をしようものなら、「ちょっと~、鈴木さん、大丈夫ですか?」と茶化されて終わるような感じ。まぁ、でも、いま職場の人にそんなこと言われたら「大丈夫?」と言うだろうから、普通はそんなテーマで話したりしないのかもですね。
言い方としては、自分らしさって何だろう、くらいのテーマですね。
親身にそういう話に付き合ってくれそうな人がまわりにいませんでした。 かといって、宗教に頼るのも何か違うなと思っていました。
それで、そういう生きる意味とかを真剣に語れる場がないなら、自分で作ってしまえばいい、という感覚で居場所を自分たちで作ることにしたわけです。
そういう意味では消極的かもしれないし、自らそれを作ったと言う意味では積極的だったのかもしれません。 とにもかくにも、そういう居場所を作るにあたって調布にあるクッキングハウスや、仙台のわたげ、世田谷のぼくんちなどに見学に行きました。
さて、居場所をやって良かったことは、何だろう。
ひとつには、決断をすることが得意とまではいかないけど、出来るようになった、というのはあると思います。 小さいながらも団体をやっていると決断を下す、という場面に遭遇します。 今度のお祭りに居場所としてお店を出店するかどうか、とか、一泊旅行でどこに行くか、とか、そんな些細なことですが、なんらかの結論を出すという場面です。
そういった時にみんなの意見を聞いていって、それらをリストアップして、どこにしようか、多数決を取ったり、最終決断は僕のほうでさせてもらいます、としたり。 小さい団体でもリーダーを経験できたのは大きかったなと思います。
いま、あちこちで仕事をする中で、その経験は生きています。 そして、居場所をやっていたおかげで司会とか進行が出来るようになった、というのも良かったことです。 すごく上手に進行できる、とかではないんだけど、度胸だけは付いたかなと。 また、居場所にやってきてくれる人たちとの出会いというのはかけがえのないものだなと。
居場所はサードプレイスなので、自分らしくいられたなと。 色々なしがらみから解放された状態で人と出会えるということ。 本来の自分でいられる場を持てているのは大きそうです。
今日はここまでです。(2021年12月16日に書いた記事です)

迷いつつも自分や周りの人が、安心して楽しめる場所を作っていく。って素敵だなぁ。自分の家族と一緒に、迷いや悩みがあって社会と距離を置いている人たちを受け入れる場所をつくるなんて。それも自宅を開放するなんて。なかなか真似できないよね。
今度は、居場所を作ったけど解決していないことや、新しく出てきた課題があるのか。とか聞いてみたいな。
それにどう向き合っているのかといった話も参考になると思う。
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いつも読んでいただきありがとうございます♡
第三の居場所を持っていますか?
利害関係なく、とっても暖かくて安心できる場所のこと
探してみよう。作ってみよう。
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