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「ラオスには、何があったと思う?」──すべてがあった、ルアンパバーン一人旅。


7月8日〜10日までの3日間で
ラオスのルアンパバーン(2泊)の
一人旅をしました。
その時に感じたことを綴ります。 

朝もやに煙るメコン川を見つめながら、ふと村上春樹の本を思い出した。
『ラオスにいったい何があるというんですか?』
隣国ベトナムですらその存在を不思議がる国に、私は一人で降り立った。静かで、やわらかく、心を満たす場所が、そこにはあった。

どうしてラオス?──旅の始まり

「どこ行くの?」
連休を取っただけで、職場でそんなふうに声をかけられる。でも「ラオス」と答えても、たいていはピンと来ない。
「パナマ?」「パレスチナ?」なんて、まるでクイズみたいに返される。

まるで、村上春樹の『ラオスにはいったい何があるというんですか?』だ。

1年前に見たクアンシーの滝の写真が、ずっと頭から離れなかった。その憧れの景色を目指して、タイ経由でルアンパバーンへ。乗り継ぎの不安はあったけれど、到着してすぐ、「また来たい」と思った。



この旅でやりたかったこと
• メコン川を眺めながらビアラオを飲む
• プーシーの丘から街を見渡す
• クアンシーの滝を訪れる
• ラオス料理を味わう

川沿いのレストランで感じた静けさ


ラープのハーブの香り、辛さ控えめのやさしい味。
ゆっくりと流れるメコン川を眺めながら、ビアラオを片手に「ただ生きているだけでいい」と思えた。
それだけで、心が満たされた。


雨宿りとナイトマーケットの灯り


ナイトマーケット近くで食べたカオピヤックセン。
たっぷりの野菜と香菜がうれしかった。


雨宿りがてら入ったカフェでは、川の合流点を眺めながらブラウニーをひとくち。
心のざわめきが、すーっと消えていく時間だった。


プーシーの丘と、雨季のクアンシーの滝


328段の階段を登った先に広がる、赤い屋根と緑の山々。空と川が溶け合うような眺めに、「来てよかった」と思った。


雨季のクアンシーの滝は、想像以上に迫力があった。
エメラルドグリーンの透明な滝を見たいと思っていたけれど、濁流のように荒々しい姿に圧倒された。
次は乾季に訪れてみたいと思った。

予定と違うの、旅っぽいよね


旅の終わりにもう一度、メコン川へ


空港へ向かう前に、どうしてももう一度メコン川が見たくなった。
カフェに立ち寄り、静かな流れを眺めながら「また来よう」と心に決めた。



静かで、あたたかくて、全部がある街


初日は少し戸惑っていたけれど、出会った人たちのやさしさに触れるうちに「帰りたくない」と思うようになった。「ずっと、変わらないでいてほしい」
そう願いたくなる街だった。

必要なものは少ないなと感じた



豊かさって、なんだろう?


「東南アジア最後の秘境」と呼ばれる理由が、少しだけわかった気がする。
ここで感じた“生活の豊かさ”は、地位でも収入でもなく、人と人とのあたたかさだった。

たとえば、洗剤やシャンプーを選ぶとき。
日本では、何十種類もの中から「自分に合うもの」を比べて、選ばなくてはいけない。
広告も、たくさんの情報ばかり。
でも、なぜか疲れてしまう。
「選べる自由」が、いつの間にかプレッシャーになっているような気もする。

旅先では、そんな感覚がふっと抜けていった。

地元の人たちは
何も考えずにいつものシャンプーを買い、
屋台でごはんを食べて、
カフェで友達に会って、
ただ、周りの人と一緒に時間を過ごす──
それだけで、満たされていた。

選択肢が少ないこと。
迷うことがないこと。
その“余白”が、どれだけ心を自由にしてくれるかを知ったのに、
日本に帰ると、またたくさんの選択肢の中で、
メイク用品や日用品を前に立ち尽くしている自分がいた。

でも、ふと立ち止まったとき、
あのときの空気や暮らしを思い出す。

外にたくさん緑があるのに、家の周りにたくさん鉢植えがある家ばかりで、なんか好きだった

その暮らしの一部に、家を大切にしたいこと、
毎日水をあげるような穏やかさや、
宗教や文化と結びついた静かな祈りのようなものを感じた。

誰かが「暮らしている」風景のほうが、
どうしようもなく心に残る。
きっと、私が旅でいちばん好きなのは、
そういう“日常の輪郭”なのかもしれない。


言葉を超えた出会いの余韻

旅の最終日、私はホテルでお世話になったスタッフに、
「良い滞在になりました。ありがとう。」
──そうラオス語で書いたメモと、日本のインスタントコーヒーを手渡した。
その瞬間、彼の照れくさそうな笑顔がふわりと咲いた。その笑顔は、今も忘れられない。

彼は私よりずっと若いように見えたけれど、流暢で美しい英語を話し、雨でクルージングが中止になった観光客に、代わりの観光スポットを提案する姿を見かけた。自分たちの国の文化や魅力を誇りを持って伝えようとする熱意が、
その立ち振る舞いからはっきりと感じられた。


接客だと思っていても、
「困っているなら、言ってください」と言われたり、
街中でも、そんな気配があちこちにあって、押し売りではなく、さりげないやさしさで近づいてくれる人ばかりだった。

たとえば、自分の時間を、知らない誰かのために差し出せる。そんな余白と心の豊かさが流れている素敵な町。

基本は放し飼い。自由なワンちゃんたち。

この通りを歩いていると、家から流れる歌謡曲に合わせて女の子2人が歌っているのが聴こえて、なんだかほっとした。

ラオスは“貧しい国”なんかじゃない


むしろ、日本よりも人との距離が近くて、あたたかい。英語やタイ語を使いこなしながら、ローカル文化を大切にしている姿勢に、エネルギーをもらった。



「また、帰ってきたい」と思える場所


スマホを見ながらでも、ちゃんと目の前の人を見てくれる。広告のない空、流れる川、虫の声。
本当に大切なものが、そっとそこにあった。




日本に戻っても、深呼吸を忘れない


帰国してすぐ、忙しない日常に気持ちがかき乱されそうになった。
それでも、ルアンパバーンの空気を思い出せば、また呼吸を整えられる。



「行かずに決めつけないでほしい」国、ラオス


人がやさしい。照れ屋で、まっすぐで、純粋で。
観光よりも、人とのふれあいや穏やかな時間の流れが心に残る場所。
「何もないようで、全部がある」
ラオスは、そんな国だった。


旅好きな人は、きっとここの空気を知っている。
私にとって、心が熱くなると同時に静かに癒されていくような、そんな場所だった。その気持ちを残しておきたいのと、この場所が救いになる人が必ずいると思って、創作大賞に投稿しました。


#創作大賞2025
#オールカテゴリ部門

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