「話す」 が怖い僕が、音声配信を始める話
〜吃音の僕が、それでも 「声」 で届けたいもの〜
言葉が、思うように出てこない。
電話の着信音が鳴るたびに心臓が跳ね上がり、自己紹介の場面では息が苦しくなる。
この感覚は、物心ついた頃から僕の隣にずっといる、吃音(きつおん)という名の友人であり、僕が最も恐れる壁でもある。
だから僕は、書くことを選んだ。
キーボードの上では、僕は自由だった。言葉を何度も推敲し、完璧な順番に並べ替え、自分の思考を寸分違わず表現できる。書くことは、僕にとって最強の鎧であり、唯一の表現手段だった。
そんな僕が、今、何を考えているか。
——それは、これまで最も避けてきた「音声配信」という挑戦だ。
矛盾している、と思うだろうか。
無謀な挑戦だと、笑うだろうか。
でも、僕の中では、点と点が繋がり、一本の線になろうとしている。これは決して突発的な思いつきではない。僕がフリーランスとして生き、発信を続ける中で見つけた、次なる物語の始まりなのだ。
この記事は、音声配信の「開始宣言」ではない。
「話す」ことが怖い僕が、なぜあえて「声」という最も苦手なツールを使おうとしているのか。その思考の軌跡と、挑戦の先に見ている景色を、正直に綴る自己との対話の記録である。
なぜ、僕が 「書く」 ことを選んだのか
音声配信の話をする前に、僕がどれだけ「書く」ことに救われてきたかを話さなければならない。
吃音を持つ僕にとって、リアルタイムの会話は常に戦場だった。頭の中には伝えたい言葉が溢れているのに、喉元でせき止められ、出てくるのは歪んだ第一音節だけ。相手の「え?」という表情が、僕の心を何度も刺した。
その点、書くことはどこまでも優しかった。
急かされることも、遮られることもない。静かな部屋で、珈琲を片手に、僕は自分の内なる宇宙とゆっくり対話できる。
「この表現は、もっと伝わる言葉があるはずだ」
「この感情は、この順番で語るべきだ」
納得がいくまで、僕は言葉を紡ぎ、磨き上げる。そうして完成した文章は、僕の分身そのものだった。note での発信を始めてから、多くの方から共感の声をいただいた。それは、僕が吃音というハンデを乗り越え、自分の言葉を届けられた証明であり、何よりの喜びだった。
書くことは、僕の人生そのもの。
それは、これからも変わらないだろう。
では、なぜ。
そんな僕が、再びあの戦場——「話す」ことの世界へ、自ら足を踏み入れようとしているのか。
きっかけは、ある開発者の 「AI との対話」 だった
転機は、本当に些細なきっかけだった。
尊敬する開発者、中嶋聡さんの YouTube 配信。そこで行われていたのは、一方的な技術解説ではなかった。
—— AI との、まるで人間同士のような「対話」だった。
中嶋さんが AI に問いを投げかけ、AI が応答する。それに対してさらに深く質問し、時には AI の回答を修正し、一緒に思考を深めていく。その光景は、僕に衝撃を与えた。
これだ、と。
僕が恐れていたのは、完璧な言葉を、よどみなく一人で話し続けなければならない、というプレッシャーだ。しかし、この「対話」形式ならどうだろう。
僕がいて、隣には AI という優秀なパートナーがいる。
僕が言葉に詰まっても、AI が補ってくれるかもしれない。
僕が問いを投げれば、AI が思考のヒントをくれる。
これは、プレゼンテーションや講演ではない。
思考のプロセスを、リアルタイムで共有する「ライブセッション」なのだ。
そう考えたとき、「音声配信」という言葉の持つ重圧が、少しだけ軽くなった気がした。僕がやりたいのは、完璧な完成品を届けることじゃない。僕の頭の中で起きている思考の冒険を、そのままリスナーに届けることなんじゃないか。
そのためのパートナーとして、AI は最高の相棒になってくれるかもしれない。
「吃音」 を、新たな強みに変える実験場
AI との対話というアイディアは、僕の吃音に対する考え方にも、新しい光を当ててくれた。
note では、「吃音を強みに変えた」と発信してきた。
書くことで、言葉を深く選び、相手の心に届ける表現力を磨いてきた。それは事実だ。
では、音声の世界で、僕の吃音はどうなる?
それは再び、ただの「弱み」に戻ってしまうのだろうか。
——いや、違う。
AI との対話というフレームワークの中では、僕の吃音すらも「強み」に転換できるのではないか。そんな仮説が、僕の中で芽生え始めていた。
例えば、僕が言葉に詰まる「間(ま)」。
それは、リスナーにとっても、AI の答えを一緒に考える「思考の余白」になるかもしれない。
早口で流暢な配信が溢れる中で、僕のたどたどしい語りは、逆に一つひとつの言葉の重みを増し、リスナーの心に深く届くかもしれない。
何より、吃音という弱さを隠さず、そのまま配信に乗せること。
それは、僕という人間の「ありのまま」を届ける、究極の自己開示になる。完璧じゃない、格好悪くても前に進もうとする姿そのものが、誰かを勇気づけるコンテンツになるかもしれない。
音声配信は、僕にとって「吃音を克服する」ための荒療治ではない。
「吃音と共に、どう表現するか」を模索する、新たな実験場なのだ。
僕が本当に届けたいのは 「熱量」 と 「繋がり」
そして、この挑戦の根底には、もう一つ、大きな目的がある。
それは、僕の活動を応援してくださっている note のメンバーシップに参加してくれている方々との、「繋がり」を、もっと深く、もっと温かいものにしたい、という想いだ。
文章は、多くの情報を正確に伝えられる。
しかし、どうしても削ぎ落とされてしまうものがある。
——それは、声のトーンに乗る「熱量」や「感情の揺らぎ」だ。
僕がどんな想いでこの note を書いているのか。
どんな壁にぶつかり、何を喜んでいるのか。
その生々しい熱量を、テキストだけで伝えることにもどかしさを感じ始めていた。
もし、メンバーシップ限定のコミュニティ(例えば Discord)で、僕が AI と対話する様子をライブ配信したらどうだろう。
そこは、一方的な情報発信の場ではない。
リスナーからの質問にリアルタイムで答えたり、時には一緒に悩んだり。僕の発信を中心とした、双方向のコミュニケーションが生まれる空間。
それは、僕がずっと目指してきた「仲間と共に社会に貢献する」という理想の形に、限りなく近い。
僕が届けたいのは、完成されたコンテンツだけじゃない。
コンテンツが生まれる瞬間の熱量、試行錯誤のプロセス、そして発信者と読者という関係を超えた、温かい人間の「繋がり」。
音声配信は、そのための最もパワフルなツールになるかもしれないのだ。
マイクの前に座る、その日まで
ここまで読んでくれて、ありがとう。
改めて言うが、これはまだ「決意表明」というより「野心」に近い。
機材もない。プラットフォームも決めていない。そもそも、本当に僕にできるのか、まだ自信もない。
けれど、僕の心の中では、確かに何かが動き出した。
「話す」ことへの恐怖は、今もある。
でもそれ以上に、「声で届けたい」という想いが、日増しに強くなっているのを感じる。
書くことで、僕は自分の弱さと向き合い、それを強さに変えてきた。
その旅は、まだ終わらない。
次は、マイクの前で。
言葉に詰まりながら、それでも自分の声で、自分の物語を語る。
その挑戦が、僕をどこに連れて行ってくれるのか。
そして、僕の声が、誰かの心に届く日が来るのか。
その日まで、僕はもう少しだけ、この熱い想いを胸の中で温め続けようと思う。
ひとりごと
この記事を書くのは、正直すこし勇気が必要でした。
「話すこと」への恐怖は、僕の人生にずっとついて回る、根深いものです。きっと、これと似たような、自分だけの「壁」を感じている人もいるんじゃないかなと思います。
でも、今回 AI との対話という新しい可能性について考えてみて、少しだけ景色が変わって見えました。弱さは、必ずしも克服するだけが答えじゃない。付き合い方を変えたり、新しい道具を見つけることで、思わぬ強さに変わるのかもしれない、と。
僕のこの挑戦が、いつか本当に形になったら、その一番最初の証人になってくれるのは、きっとメンバーシップの皆さんです。
もしこの話の続きに少しでも興味が湧いたら、僕たちのコミュニティ「おおとろの秘密基地」を覗いてみてください。そこでは、こんなふうに僕の頭の中を、もっとリアルタイムで共有しています。
あなたの「壁」の話も、いつか聞かせてくれたら嬉しいです。

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