【週初エッセイ】 うまく話せない僕が、コードで 「世界」 と話すまで
僕の言葉は、いつもキーボードから生まれる
僕の言葉は、いつも喉の奥で迷子になった。
頭の中には伝えたい想いやアイディアが、まるで銀河のように渦巻いているのに、いざ口を開くとその豊かな世界は出口を見失い、ただ詰まった息だけが漏れる。
「ええと、あの……」
その一言が僕と世界の間に、分厚くて透明な壁を作った。吃音症という僕が生まれ持った特性。それは僕から「話す」という自由を、いとも簡単に奪い去っていった。
沈黙のなかで、組み立てる世界
話すことが怖いから自然と口数は少なくなる。誤解されることも一度や二度ではなかった。
「何を考えているかわからない」
「無口な人」
そんなレッテルが僕の背中に静かに貼られていった。
違うんだ。僕の中には言葉がある。言葉にしたくてもできないだけなんだ。
そのもどかしさから僕を救ってくれたのが、学生時代に出会った「C 言語」だった。
#include <stdio.h>
int main(void){
printf("Hello, World!");
return 0;
}画面に映し出されたたった一行の黒い文字列。そこに込められた寸分の狂いもないロジック。僕が書いた命令にパソコンは「Hello, World!」と、素直にそして雄弁に応えてくれた。
感動という言葉では足りなかった。それは僕にとって「発見」だった。
ここには僕を遮るものは何もない。どもることも言葉に詰まることもない。僕の思考はキーボードを通じて、寸分の狂いもなく「かたち」になる。モノづくりが好きだった少年時代の僕が目を輝かせた瞬間だった。
VB の四角い窓から見えた、確かな手応え
社会人になり、僕が最初に手にした言語は VB (Visual Basic) だった。
任されたのは医療システムの開発。病院という命の最前線を裏側から支える仕事。当時の僕にはそれがどれほど大きな意味を持つのか、まだ完全には理解できていなかったかもしれない。
来る日も来る日も僕はパソコンに向き合った。患者さんの情報、検査データ、治療の記録。それらが VB で作られた四角いウィンドウの中を正確にそして安全に行き交うためのロジックを、ひたすら組み立て続けた。
電話の着信音に怯え、会議での発言に心臓を縮こませていた僕にとって、コードを書く時間は唯一の安息だった。
僕の 「言葉」 が、誰かの命を支えていた
ある日、導入先の病院を訪れる機会があった。
自分が開発したシステムがそこで実際に動いている。医師が、看護師が僕の作った画面をタッチし、データを入力し、次の治療へと繋げていく。
その光景を目の当たりにしたとき、僕は静かに息を呑んだ。
僕が書いた一行一行のコード。それは単なる文字列ではなく確かに「言葉」だったのだ。僕がうまく発せられなかった言葉の代わりに、このシステムが多くの人々の間で情報を正確に「伝えて」くれている。
診断の効率化、治療の安全性の向上。
僕の言葉が目に見えないところで、誰かの命を支えている。
その事実は僕に「話せない」という呪いとはまったく別の次元の自信を与えてくれた。僕は僕なりの方法で世界と対話できる。社会と繋がり誰かの役に立つことができる。
うまく話せなくたって、いいじゃないか。
僕にはコードがある。キーボードがある。これこそが僕が世界と話すための最強の「声」なのだと、心から思えた。
僕の物語は、これからもコードで紡がれていく
フリーランスになった今も、僕の原点はここにある。
言葉に詰まる僕が唯一自由に呼吸できる場所。それがこのエディタの上だ。クライアントの課題を解決するコードを書くときも、こうしてエッセイを綴るときも、僕のやっていることは本質的には何も変わらない。
僕というフィルターを通して、思考を「かたち」にし、世界に届ける。
もしあなたも何かを表現することに臆病になっているのなら、思い出してほしい。声だけが言葉のすべてじゃない。あなたにはあなたの「言語」がきっとある。
僕にとってそれがコードだった。ただそれだけのことなのだ。
ひとりごと
このエッセイを書きながら、初めて「Hello, World!」を画面に表示させたときのあの静かな興奮を思い出していました。
うまく話せないというコンプレックスは僕の人生から多くのものを奪ったかもしれません。でもそのおかげで僕は「書く」こと、そして「コードを書く」ことの喜びに誰よりも深く気づくことができた。
もしあなたが自分の弱みだと思っていることが、実はあなただけの「言語」を見つけるための大切なヒントだとしたら?
この物語がそんな風にあなたの心を少しでも軽くできたら、嬉しいです。

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