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走り続けた 8 月の僕と、これからの話

31 日間、毎日執筆を続けて見えた景色と、僕が向き合うべき課題について

8 月が終わろうとしている。

窓の外では、あれほど鳴り響いていた蝉の声が、いつの間にか涼やかな虫の音へと変わっていた。

この 1 ヶ月、僕は何かに憑かれたように、毎日 note の記事を書き続けた。

自分に課した「31 日間、毎日執筆する」という、無謀とも思える挑戦。

正確に言えば、31 日間のうち 2 日間、どうしても投稿できなかった日がある。急性胃腸炎に倒れた 8 月 3 日と、本業の締め切りに忙殺された 8 月 8 日。

しかし、僕はこの挑戦を「達成できた」と、胸を張って言いたい。なぜなら、僕の本当の目的は「毎日アウトプットする」という習慣を身体に刻み込むことであり、記事の前日作成・翌日投稿というスタイルを貫くことで、「1 日も欠かさず執筆する」という目標は達成できたからだ。

そのゴールテープを切った今、心の中にあるのは、単純な達成感だけではなかった。

走り続けたからこそ見えた、鮮やかな光の景色。
そして、光が強くなるほどに、濃さを増した僕自身の影。

この記事は、単なる活動報告ではない。

一個人のフリーランスが、自分と向き合い、己の弱さを認め、そして次の一歩をどこへ踏み出すべきかを見つめるための、自己との対話の記録だ。


なぜ僕は 「毎日執筆」 という挑戦に挑んだのか

そもそも、なぜ僕は「毎日執筆する」なんていう、時間的にも精神的にも負荷の高い挑戦を自分に課したのだろうか。

フリーランスとしての日々は、常にタスクで溢れている。クライアントワーク、自己学習、そして未来への種まき。時間は有限で、リソースは常に奪い合いだ。そんな中で、あえてこの挑戦を選んだのには、理由があった。

それは、僕の中にずっと巣食っている、ある「恐れ」と向き合うためだった。

月次レビューで言語化した、僕自身の課題。

それは「完璧なものを作らねば」という気負いと、「自分の価値を言語化することへの恐れ」だ。この見えないブレーキが、僕の最も重要なプロジェクトである某サイトのリプレイスを、完全に停止させていた。

頭では分かっている。「完璧よりまず完成」だと。

でも、いざ真っ白なページを前にすると、手が動かなくなる。自分のスキルや経験を、価値あるものとして世に問いかけることが、途方もなく怖くなる。

このままではいけない。この内なる壁を、どうにかして壊さなければ。

——そのためには、理屈じゃない。「量」で自分をぶん殴るしかない。

毎日、何かしらの形で自分の考えや経験を言語化し、世に放り出す。完成度なんて気にしていられない状況に、自分を追い込む。そうやって「アウトプットのハードル」を徹底的に下げることで、僕の中の完璧主義という名の怪物と、少しでも渡り合えるようになりたかったのだ。

31 日間、走り続けて見えた 「光」

挑戦の先にあったのは、間違いなく「光」だった。

「書く」 という行為が、思考の OS を再構築した

毎日書くことは、毎日自分と対話することだった。

AI という優秀な壁打ち相手に自分の思考をぶつけ、ジャーナリングで内省を深める。その中で見えてきたのは、これまで目を背けてきた僕自身の弱さだった。

完璧主義、価値の言語化への恐れ——。

それらをただの「悩み」として放置するのではなく、言葉にして、構造化し、具体的な改善戦略まで立てることができた。これは、毎日アウトプットするという強制力がなければ、決して辿り着けなかった境地だ。

問題を言語化できたとき、それはもう問題の半分が解決したようなものだ。僕はこの 1 ヶ月で、自分という複雑なシステムの OS を、根底から再構築するきっかけを掴んだ。

知的資産が、未来の自分を強くする

31 本の記事は、単なる投稿数の積み重ねではない。
それぞれが、僕の経験や学びを凝縮した「知的資産」になった。

タスク管理、フリーランスの働き方、吃音との向き合い方。僕が悩み、乗り越えてきたことの全てが、誰かの役に立つかもしれないコンテンツとして形になった。これは、未来の自分にとって、何より心強い武器になる。

「僕には、語れることがある」

この小さな自信の積み重ねが、あの「価値の言語化への恐れ」を、少しずつ溶かしてくれているのを感じていた。

濃くなった 「影」 —— 毎日執筆の代償

しかし、光が強ければ、影もまた濃くなる。

この挑戦は、僕にポジティブな側面だけを見せてくれたわけではなかった。

座礁した最重要プロジェクト

note 執筆に全てのエネルギーを注いだ結果、僕の最重要プロジェクトである某サイトのリプレイス作業は、完全に座礁した。8 月の間、1 行のコードも書けなかったのだ。

「知的資産の構築」という目標は達成できた。

しかし、「自己価値の可視化」という、もう一つの重要な目標は、完全に未達に終わった。

「一点集中」は、凄まじい推進力を生む。しかし、それは諸刃の剣だ。意識的にバランスを取らなければ、船はあらぬ方向へ進み、大切な港を見失ってしまう。フロー状態の強力さと、それによって視野が狭くなる危険性を、僕は痛いほど学んだ。

ボトルネックは、いつだって自分の内側にある

なぜ、某サイトのリプレイスは進まなかったのか。

時間の問題? ツールの問題?

違う。

本当のボトルネックは、いつだって僕自身の内側にあった。

毎日投稿を続ける中で、僕は「書く」ことの楽しさ、そして「書く」ことへの逃避に気づいてしまった。書くことは、ある意味で自己完結できる。しかし、某サイトは、もっと直接的に僕の価値を他者に問う行為だ。

僕は、無意識のうちに、その「評価される恐れ」から逃げ、比較的安全な「書く」という行為に没頭していたのかもしれない。

結局のところ、僕が向き合うべきは、タスク管理のやり方や時間の使い方だけではない。僕自身の心の中にいる、臆病な自分自身だったのだ。

8 月の僕が、9 月の僕に託すこと

この 1 ヶ月で得た学びと課題を、ただの感傷で終わらせるつもりはない。

8 月の僕が、9 月の僕へ、確かに託したいことがある。

「完璧よりまず完成」 を、今度こそ実行する

某サイト開発を、必ず再開する。

そして、「完璧なものを作らねば」という呪いを、今度こそ断ち切る。

スローガンは「完璧よりまず完成」。

まずは、コンテンツページを 60 点の完成度でいいから公開する。そこから始めよう。完璧な地図を広げる前に、まず一歩、泥臭く踏み出すのだ。

「集中」 と 「バランス」 を、意図的にマネジメントする

「一点集中」の罠に、もう僕は陥らない。

週次計画の段階で、重要プロジェクトの時間を「聖域」としてタイムブロックする。何があっても、その時間は死守する。

note を書く時間も、もちろん大切にする。

しかし、それと同じくらい、自分の未来を形作るための開発の時間も、意図的に確保する。集中とバランス。この二つの車輪を、意識的に回していく。

走り続けたからこそ、次の航路が見えた

8 月の 31 日間は、僕にとって「斧を研ぐ」一ヶ月だったのかもしれない。

目に見える成果としては、note 記事が積み上がっただけかもしれない。最重要プロジェクトは停滞し、評価としては手放しで喜べるものではないだろう。

しかし、僕は自分の内側にある、錆びついていた斧を、毎日毎日、必死に研ぎ澄ませていた。自分の弱さと向き合い、思考の OS をアップデートし、次にもっと太い木を切り倒すための準備をしていたのだ。

走り続けたからこそ、自分が本当に進むべき航路が見えた。

全力で集中したからこそ、自分がどこでバランスを崩すのかが分かった。

9 月は、「実行」の月にする。

研ぎ澄ませた斧を手に、今度こそ、目の前にある一番太い木に、力強く振り下ろしていきたい。

ひとりごと

毎日執筆、そして(ほぼ)毎日投稿。

正直めちゃくちゃキツかったです(笑)

何度も「今日はもう無理だ…」と思ったし、ネタがなくて頭を抱えた日もありました。でも、不思議なもので、書き始めると言葉が出てくるんですよね。

この挑戦を通じて一番感じたのは、「書く」という行為が、僕にとって一種の「自己浄化」になっているということです。頭の中のモヤモヤを、言葉として外に出すことで、思考が整理され、心が少し軽くなる。

フリーランスという孤独な航海の中で、この「書く」という行為が、僕を支えるコンパスであり、錨(いかり)でもあるんだなと、改めて実感しました。

いつも読んでくださる皆さんの存在がなければ、絶対に走り抜けませんでした。

本当に、ありがとうございます。

9 月からも、僕なりのペースで、僕なりの言葉を紡いでいこうと思いますので、どうぞよろしくお願いします。

2025© おおとろ

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