「褒められ方」 が苦手な僕が、 少しずつ受け取れるようになるまで
受け取ることは練習でできる
「素晴らしい成果でしたね」
クライアントからそう言われたとき、僕の口から出た言葉は決まってこうでした。
「いえいえ、たまたまうまくいっただけです」
心の底から湧き上がる「ありがとうございます」を、誰かが喉元で押さえつけているかのように——。
褒め言葉をもらうたびに、それを否定することで自分を守っているような気がしていたのです。
この記事は、そんな「褒められ方」が苦手だった僕が、少しずつ変わっていくまでの静かな思索の記録です。
褒められると逃げたくなった
誰かに褒められると、むず痒くなる。
これは単なる照れではありませんでした。
もっと根の深い、得体の知れない不快感。
💭 「お世辞に決まっている」
💭 「今回はたまたまだ」
💭 「本当の実力がバレていないだけだ」
そんな声が、心の奥から湧き上がってくるのです。
フリーランスとして独立してから、この感覚は年々強くなっていきました。
プロジェクトを成功させるたびに、クライアントからの信頼が厚くなるたびに、逆に恐怖が増していく。
💭 「次は失敗するかもしれない」
💭 「実力以上のことを期待されている」
💭 「いつか、本当の僕が露わになる」
称賛の言葉が積み重なるほど、その重さに押し潰されそうになっていました。
心にフィルターがかかっていた
当時の僕には、ある厄介な習性がありました。
それは、ポジティブなフィードバックをすべて濾過(ろか)してしまうこと。
「ここは良かったけど、もっとこうしてほしい」と言われれば、良かったの部分は記憶から消え、もっとこうしてほしいという言葉だけが心の底に澱のように溜まっていく。
褒め言葉は受け流し、指摘だけを残す。
そういうフィルターが、いつの間にか僕の心にかかっていたのです。
その背景には、いくつかの理由がありました。
まず、吃音を抱えていた僕は、仕事だけは完璧でなければ価値がないという強迫観念にも似た思い込みを持っていました。
話すことへのコンプレックスを、成果物の完璧さで補おうとしていたのです。
だから、99 点では不十分。
100 点でなければ、自分を認めることができなかった。
もう一つは、SNS で見かけるすごいフリーランスとの比較。
輝かしい実績を並べる誰かと自分を見比べて、「自分のやっていることなど、ちっぽけだ」と感じていました。
比較相手が、世界のトップランナーだったのです。
これらが重なり、僕はインポスター症候群に陥っていきました。
客観的な成功を上げているにもかかわらず、自分を「詐欺師」のように感じてしまう心理状態の深い沼にはまっていきました。
勇気を出して聞いてみた夜のこと
あるとき、僕は信頼できるクライアントに、勇気を出して聞いてみることにしました。
「僕の仕事の、どんなところを良いと思ってくれていますか?」
正直、怖かったです。
「そんなに良いと思っていない」と言われたら、自分が「やっぱりそうだ」と崩れてしまいそうで。
でも、このまま何も聞かずに自己評価の底を漂い続けるよりはいいと思った。
返ってきた言葉は、想像とまったく違うものでした。
「こちらの意図を正確に汲み取って、期待以上のものを提案してくれる」
「技術的な説明が、とても分かりやすい」
「レスポンスが速くて、安心して仕事をお願いできる」
僕が当たり前のことをやっているだけと思っていたこと。
むしろ自分の短所だとすら感じていたことが、相手には価値として映っていた。
そのとき、初めて気づいたのです。
自分の価値は、自分だけで決めるものではない。
僕が必死に守ろうとしていた完璧な自分という理想と、相手が感じてくれている価値は全く別の場所にあったのです。
受け取る練習を始めた
それからの僕は、意識して受け取る練習を始めました。
褒め言葉をもらったとき、反射的に否定するのをやめる。
「いえいえ、そんなことないです」の代わりに、「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです」と、一度、その言葉を自分の心で受け止めてみる。
ただ、それだけのことです。
最初はぎこちなかった。
「ありがとうございます」と言いながら、心の中では「お世辞だろう」という声が聞こえていた。
でも、続けているうちに、少しずつ変わっていきました。
相手の言葉を否定することは、その人の評価する力を否定することでもある。
そう気づいたことが、転換点だったのかもしれません。
相手は、僕が見えていない僕の価値を、正当に見てくれているのかもしれない。
そう思えるようになってから、褒め言葉を受け取ることが少しだけ怖くなくなりました。
もうひとつ並行して始めたのは、小さな成功を記録すること。
誰にも褒められないような、ごくごく些細なできたことを、毎日手帳に書き出していく。
💭 「予定していたタスクを終えた」
💭 「難しい実装を調べて解決できた」
💭 「クライアントへの返信が 2 時間以内にできた」
そんな程度でいい。
週末にそれを見返して、「今週の自分、なかなかやるじゃないか」と、意識的に自分を認める時間を作りました。
心のフィルターが濾過してしまっていた小さな成功を、自分で可視化する。
そうすることで、自分は何もできていないという感覚に、ささやかだけど確かな反証が積み上がっていきました。
「ありがとう」 と言えるようになってきた
インポスター症候群を、僕はまだ完全に克服できたわけではありません。
大きな仕事を任されたとき、今でも「僕に務まるだろうか」という不安が顔を出すことがあります。
褒め言葉をもらっても、どこかに「本当にそうかな」という疑念が残ることもある。
でも、昔とひとつだけ違うのは、そんな自分を「それでいい」と認められるようになったことです。
完璧じゃなくていい。
世界のトップランナーになれなくてもいい。
今の自分にできることを、一つひとつ誠実に積み重ねていく。
そして、誰かがそれを評価してくれたときには、素直に「ありがとう」と受け取る——。
それで十分じゃないか、と思えるようになってきました。
褒め言葉は、逃げるものでも否定するものでもない。
受け取ること。
それは練習でできる、と僕は信じています。
ひとりごと
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
「褒められ方が苦手」というのは、一見ちいさな悩みのように見えて、根っこはずいぶん深いところにあるんだなと書きながら思いました。
完璧主義、吃音へのコンプレックス、インポスター症候群。
それらが複雑に絡み合って、褒め言葉を受け取れない自分を作っていたのだと。
でも、受け取ることは練習できる。
そのことを、僕は自分の経験から少しずつ信じられるようになってきました。
まだ完璧に受け取れているわけではありません。
でも、昔より確かに「ありがとう」と言える瞬間が増えました。
あなたにも、そういう瞬間が少しずつ増えていったら嬉しいです。

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