「継続は力なり」 ——ありふれた言葉が、僕の人生の "羅針盤" になった日
「あなたの座右の銘はなんですか?」
改まってそう聞かれると、少し照れくさい気持ちになるのは僕だけでしょうか。まるで、自分の心の奥底をそっと見せるような、そんな恥ずかしさがあります。
でも、僕のこれまでの人生を振り返ると、確かにいくつかの「言葉」が、暗い夜道で足元を照らす灯りのように、あるいは、嵐の海で進むべき方角を示す羅針盤のように、僕を導いてくれた瞬間が何度もありました。
それは、決して特別な言葉ではありません。誰もが一度は耳にしたことのある、ありふれた言葉たち。
しかし、それらの言葉は、僕が人生の岐路に立ち、膝を抱えて動けなくなったとき、不思議な力を与えてくれました。これは、そんな僕と「言葉」をめぐる、ささやかだけれど、とても大切な実践記録です。
言葉が 「自分ごと」 になった瞬間
思えば、子供の頃から「座右の銘」というものに、どこか冷めた視線を送っていたような気がします。偉人の立派な言葉も、教室の壁に飾られた格言も、どこか遠い世界の出来事のように感じられて、僕の心には響きませんでした。
言葉は、ただの文字の羅列。それが僕の正直な感想でした。
しかし、社会に出て、自分の無力さに打ちのめされ、理想と現実のギャップに苦しむ中で、僕は少しずつ「言葉の力」を信じるようになっていきました。
それは、誰かから与えられた言葉ではありません。自分の体験を通して、血肉となり、自分自身の言葉として生まれ変わった瞬間でした。
「継続は力なり」
——逃げ出したかった僕を繋ぎ止めた、最初の光
僕が人生で最初に出会った羅針盤、それは
「継続は力なり」
という、あまりにも有名で、そしてあまりにもありふれた言葉でした。
フリーランスとして独立して間もない頃。僕は、自分の実力不足と将来への不安に、毎日押しつぶされそうになっていました。思うように仕事は取れず、やっと取れた仕事ではクライアントの期待に応えられない。
「もう、無理かもしれない」
弱音を吐き、すべてを投げ出して故郷に帰ることばかりを考えていた夜。僕は、ふと、学生時代にがむしゃらに打ち込んだ、ある記憶を思い出していました。
それは、決して得意ではなかったプログラミングの勉強です。同期が次々と華麗なコードを書いていく中で、僕だけが泥臭く、何度もエラーを出し、夜遅くまでパソコンにかじりついていました。才能なんて、どこにもなかった。ただ、諦めるのが悔しくて、毎日少しずつ、本当に少しずつですが、学びを止めませんでした。
その結果、卒業する頃には、誰よりも複雑なシステムを組めるようになっていたのです。
あのときの僕は、知っていました。
才能がなくても、不器用でも、「続ける」ことさえできれば、景色は必ず変わるのだと。
その夜、僕は心に決めました。
「今、もう一度だけ、あの頃の自分を信じてみよう」と。
それから僕は、毎日ブログを書き、コードを書き、小さな実績を一つひとつ積み重ねていきました。すぐに結果は出ませんでしたが、不思議と心は穏やかでした。「継続」という羅針盤が、進むべき方角を確かに示してくれていたからです。
そして一年後、僕はフリーランスとして、なんとか独り立ちすることができていました。あのありふれた言葉が、僕の人生を繋ぎ止めてくれたのです。
「できるか、できないかじゃない。やるか、やらないかだ」
——臆病な僕の背中を押した、決断の言葉
継続という羅針盤を手に入れた僕でしたが、新たな壁にぶつかります。それは、「挑戦への恐怖」でした。
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