理系と文系

生成AIを使っていて、痛感すること

生成AIを使っていると、ふと自分の日本語力の無さに気づかされる。

正しい日本語を使うこと。
分かりやすく言葉で伝えること。
状況を正確に読み取り、それを文章に落とし込むこと。

どれも当たり前のようで、実はかなり高度な能力だ。

一方で、工学や力学、計算やロジックといった「理系的な行為」に関しては、正直もうAIのほうが圧倒的に強い。
速いし、正確だし、疲れない。
こちらがミスをする余地すら与えてくれない。

そう考えると、これからの時代に人間に求められるのは、
「正解を出す力」ではなく
「何をどう伝えるかを考える力」なのかもしれない。

曖昧な感情をどう言葉にするか。
複雑な状況をどう整理して説明するか。
相手がどう受け取るかを想像しながら文章を組み立てるか。

いわゆる文系的な素養――
いや、もっと言えば「人間の思考のクセ」そのものが、価値を持ち始めている気がする。

AIは賢い。
でも、その賢さの使い方を決めるのは、まだ人間だ。
今後の全てのデスクワークの社会人は、
ひとりひとりが「小さな管理職」になる時代なのかもしれない。
その個人の業務において、複数の有能な部下(AI)に指示を出して教育する管理職に。

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