少しも羨ましくない
もしかしたら、他人から見たら、
嫉妬、僻み、劣等感、敗北感、負け惜しみ、
そんな評価かも知れない。
でも、
何度考えても、考えは変わらない。
⸻
「独立おめでとうございます。」
以前から独立したいという話を聞いていた
同業の先輩が会社を設立した。
、、、がしかし、
その会社には、別の会社の経営者も
深く関わっているようだった。
実は、数年前にうちにも声をかけてきた
ある会社の社長だ。
「とりあえずうちに所属して、
一緒に仕事をしたらいいのではないでしょうか。」
その言葉が、妙に印象に残っている。
俺は自分のペースを崩されるのが嫌なので、
適当に受け流した。
、、、先輩は嬉しそうだった。
「グループには、こういう人間が居て、
あ、名簿みる?内々でね!」
はねた油を拭き取って、
スマホ画面を見せてくれた。
「よかったですね。
先輩に紹介してよかったです。」
⸻
その後、
そのグループは、飛躍的に成長していった。
不動産開発などを積極的に行い、
関連する仕事の多くを、
ありがたいことにうちの会社に何度も
任せてくれた。
ただし、
うちが担当したのは、
造成設計や各種許認可申請など、
あくまで設計中心の専門分野の仕事だ。
先輩の会社も、
グループの一社として成長していった。
設立当初は少人数だった会社が、
気づけば、かなり大きな組織になっていた。
しかも、
グループ内の仕事だけに依存することなく、
外部の仕事も積極的に受注し、
事業を拡大していった。
ある日、
そのグループのパーティに
ゲストとして呼んでいただいた。
また新たに、
グループ内に会社が増えるらしい。
最もお世話になっている取引先の
一社として招かれた俺は、
なぜか乾杯の挨拶を頼まれた。
「本日はおめでとうございます。
会社設立をされた皆様、今日というこの日は、
振り返ってみてきっと大切な日になると思います。
我々もマイペースながら、
負けないように日々精進して参ります。
乾杯!!」
⸻
それから数年が経った。
ある噂を聞いた。
先輩と、
その会社の経営に深く関わっていた人物が、
どうやら揉めているらしい。
詳しい事情までは、分からなかった。
しばらくして、電話が鳴った。
口数のあまり多くない、
その不動産会社の社長だった。
「うちのグループの◯◯だけど、
抜けることになったから。」
「ちなみに言うか言わないか迷ってたけど、
この人、Tさんの仕事もうちにくれって言ってたよ。まぁ、断ったけど。」
さらに続けて、
「測量登記の仕事ができるってことでTさんから紹介されたよね?その約束だったから、造成設計関係はもちろん、Tさんの会社に依頼し続けてたから。紹介された恩もあるしね。」
、、、さらに、
聞いていない話まで続いた。
「ちなみに、
株についても整理することになった。
詳しい金額までは言えないけど、
それなりの金額で買ってもらうことになっている。」
⸻
さらに数年後。
とある開発行為の案件で、
売主側で境界確定測量が完了した後、
弊社が、
現況測量、造成設計、
開発許可申請、完了検査等の
一連の業務を請け負うことになった。
境界確定図を確認すると、
見覚えのある会社だった。
現況測量の際に、
弊社でも改めて境界を確認した。
すると、境界杭が数箇所、図面と一致しない。
数ヶ月前に確定した図面との比較だったため、
少し気になった。
売主を通じて、その会社に確認を求めた。
すると、
「ズレていたので、確定図通りに現場を直しました。」という回答だった。
、、、そんなに簡単に
境界を変更していいのだろうか。
しかも、改めて隣接者への確認を行った形跡もない。
少し嫌な予感がした。
しかし、工期も迫っていたため、
まずは開発許可を取得し、工事を進めることになった。
工事終盤。
境界杭を施工する段階になった。
やはり何度確認しても、
どうしても現地の境界が図面と合わない。
あの時、本当に境界杭を調整したのかどうか。
それすら、はっきりしなくなってきた。
事業者を通じて、改めて確認を求めた。
返ってきた回答は、少なくとも私たちが期待する専門家としての回答とは少し違っていた。
「当初の基準点がもうないし、対応していた従業員も辞めちゃったので、原因は分かりませんが、確かにズレていますね。」
うちの測量担当がブチギレた。
「自分たちで基準点新たに設置して、自分たちの作成した境界確定図の形と見比べればわかる話だろーが!」
、、、すでに、その会社についてはいろいろな噂が業界内で聞こえていた。
仕事量が急激に増え、現場の技術者が対応しきれないほど忙しくなっているらしい。
図面や成果品についても、行政との間でいろいろなやり取りがあるらしい。
境界を巡って、隣接地とのトラブルも
少なくないという話も聞いていた。
もちろん、
それらがすべて事実なのか分からない。
、、、先輩。
ずっと心配しています。
でも、自分たちの案件になれば、
うちも当然、
技術者として話さなくてはならない。
人間関係と、仕事は別だから。
あなた方は、
測量業者として、単に境界を間違った、
のではなく、
技術者として、
境界を超えてしまった、
のである。
社長が個人的に何をしようが、
仕事を奪おうとしようが、
会社経費を何に使おうが、
知ったこっちゃない。
ただ、周りには迷惑かけるな。
責任ある行動を取れ。
自分で決めたラインを自分で平気で越えるなよ。
そして迎えた、
事業者の事務所での
先輩の会社とうちの会社の合同会議。
⸻
10年前のある役所の
下水道課の課長の話を思い出していた。
「あのさ、きちんとした図面が描けないなら、もっと下打ち合わせしてから提出してもらえる?
この図面をサンプルで渡すから参考にして、書き直して。
この人は言わなくても、全部設計条件が頭に入ってて、すごい精度の高い図面を描いてくれるよ。見習うように!」
その図面には、
見覚えのある設計者の名前が記載されていた。
ようやく自分で一通り造成設計ができるようになったが、まだまだ役所に指導されっぱなしの俺は、毎日、奮闘していた。
また、
最近、噂話が聞こえてきた。
「キャバ嬢から合鍵、、、」
、、、私は耳を塞いだ。
もういい。
あのあと、
また、境界杭を抜いたり、入れたり、
勝手に調整し、大変なことになったのは
言うまでもない。
当然、後の登記申請にも影響が出た。
あの日、
先輩は来なかった。
明らかに言わされている雇われ役員の部長が、
必死に何かを話していたが、何も耳に入らなかった。
開発区域が変更してしまい、
全ての図書を変更することになった。
「責任持ってお前らで全部対応しろよ!」
、、、言うか迷ったが、
事業者のことを考え、全部うちで対応した。
⸻
こないだ調査会社が、
年一の状況聞き取り調査にきた。
「あ、勝手ながらこれは測量業登録している法人様の財務報告から記載させてもらっておりました。」
、、、なるほど。
気づくと、
国交省のホームページを開いていた。
測量従事者その他合計で20名。
売上2億円。
営業利益▲1500万円ほど。
経常利益▲2000万円を超えている。
世間ではよく「年商1億円超え!」と騒がれる。
年商だけ高くて何も意味ないのに。
それに一人当たり売上が1000万円くらいなのであれば、正直、大したことないだろう。
従業員が残業ありきで重労働させられているという噂も流れている。
そもそもこんなにもマイナス、、、
大丈夫だろうか。
うちは今、
一人当たり売上3000万円を目標にしている。
簡単ではないが、
近いところまでは来ている。
⸻
、、、役所で
長身のイケメンスーツ姿の人が
こっちを気にしている。
視線を向けると、明らかに気づいただろうその雰囲気でさっさと行ってしまった。
避けられた、、、?
、、、ハウスメーカーに相見積もりを頼まれた。社名が隠れているが、すぐにどこの会社の見積かわかった。
「安かろう悪かろうという言葉があります。」
そんな当たり前のようなことを説明し、
見覚えのあるそれの1.5倍近い見積書をさっさと作成して、次の案件の図面を開いた。
道路線形が概ね決まり、汚水排水を検討する段階で、下水道課の課長の顔がすぐ浮かんだ。
「道路末端から約2m離して、
人孔を設置して、、、最低土被りを確保して、、、まずは最低勾配と流速で、、、」
何度も見た先輩の図面は、
もう頭に叩き込まれている。
いつも温厚な熟練技術者の役所担当者は言った。
「まぁ、大きくなり過ぎたのかもね。良い図面描いてたんだけどね。従業員を管理するのが大変なのはわかるけどね。でも、ちょっとひどすぎるね。」
そう、俺の知っている先輩は、
見た目もスマート、仕事もスマート、
ごちゃごちゃいつも言っている俺とは
正反対の位置にいる憧れの人。
皆、誰のことを話しているのだろうか?
、、、そう、
噂話なんてそんなもんだ、、、
言い聞かせるように、
10年前の読み取りPDFを、
サーバーからごみ箱にうつした。
一瞬、
あの日の鉄板焼きの高級肉を嬉しそうに食べる先輩の顔が浮かんだような気がしたが、
急いでごみ箱を空にした。
