「あんぱん」は、ご夫婦の壮大なドラマだった。
NHKの朝ドラを見始めて、4クール目の「あんぱん」がついに終わってしまった。
始まる前から知られていたように、「アンパンマン」を書かれた、漫画家やなせたかしさんの妻、小松暢さんがモデルだ。
途中、仕事の都合で見られない期間もあったけど、最後はBSで時間を早めてみることが出来ることに気付き、ほとんど見ることができた。
見終えて、私は、ご夫婦の壮大なドラマを見させて頂いた気がする。
わたしにとって、ドラマの主人公は、やなせたかしさんがモデルの柳井嵩さんと、小松暢さんの、ご夫婦だった。
「あんぱん」のテーマ、「逆転しない正義を追い求めて」も、もちろん大事な要素には違いない。
「アンパンマン」には、戦争を体験されたやなせさんの、強い思いが込められていることを、初めて知った。
ドラマでも、戦争を生々しく再現した映像があって印象的だった。
改めて、戦争はあってはならないことだと胸に刻み、忘れてはいない。
だけど、はちきんの少女のぶと、正反対を絵に描いたような性格の、ちょっとひ弱だけど、男との子の割には、行儀が良すぎる崇との出会いから、ドラマは始まる。
まさか、子供の頃からドラマがスタートするとは思ってはいなかった、私は、拍子抜けした。
運命に導かれるようにして再会した、暢さんと嵩さん。
いつも、お互いを思いやる素敵なご夫婦だった。
つい自分たちのことと照らし合わせ、ちょっとしたことでも印象に残っている。
「ごめん。つい言いすぎてしまった」
「そんなことないよ。」
正確ではないかもしれないが、おぼろげに覚えている、暢と嵩の会話。
私には暢さんのような謙虚さはないし、夫には嵩さんのような穏やかさはない。
私たちなら、大喧嘩になっているところだ。
お互い、リスペクトしていて、信頼関係あってのことだというのは、他の場面からもうかがえる。
おじさんアンパンマンが登場したものの、売れないときから、暢は夫に寄り添い、自分に出来る限りのことをして応援する姿は、見ていて清々しかった。
アンパンマンが売れるまでに長い年月がかかっただろうに、強く信じる気持ちがなければ、なかなか出来ないことだ。
夫は、そんな妻のことを信頼できないわけがない。
テレビの人が、何度となしに「アンパンマン」の漫画化を持ちかけに来たときに、最初は断っていたが、最終的に受け入れたのは、妻への信頼からだった。
「あの人は、アンパンマンのことを尊敬してくれている人や。今までの人とはちがう。心配はいらない。」
的確に諭した妻の言葉を、受け入れた嵩さん。
「ぼくは今でもテレビ局のことを、信用しているわけではない。だけど、妻のことは信頼しているんです」
そう言っていたことが印象的だった。
そこから、誰もが知っているアンパンマンが生まれたと考えると、感慨深かった。
嵩さんも、テレビの漫画化を受け入れたからにはと、自分の世界観だけを大事にすることだけに拘らず、テレビ局の要望にも応えられた器量の大きさには、舌を巻いた。
それでも、お互いが納得する形で、テレビの漫画として、送り出すことに拘られたからこそ、放映される日まで年月がかかったのだろう。
そうして送られた漫画だからこそ、誰もが安心して見られるアニメとして存在しているのだろうなと改めて思った。
「アンパンマン」は私が二十歳近くのときに、アニメとしてテレビに登場したが、何度か見入った覚えがある。
当時、新卒OLで入社した会社の寮に住んでいたが、部屋にあるテレビで何度か見た。
今思うと二十歳すぎのOLが、「アンパンマン」を見るなんて笑っちゃうけど、慣れない仕事で疲れている身に、あのテーマ曲といい、漫画の内容から、元気をもらっていた気がする。
月日はとんで、息子や娘も、「アンパンマン」に首ったけになった。
暢や嵩だけではなく、ドラマに彩を添える、他の登場人物も個性豊かで見ていて楽しいドラマだった。
朝田姉妹の次女の蘭子と、八木さんのその後の最後まで語られることがなかったは少し残念だったけど、誕生日を祝うカードに指輪が添えられていたのにはキュンとしたし、つい目で追ってしまう素敵なカップルだった。
天真爛漫な末っ子のメイコと、ケンちゃんこと健太郎も、とてもチャーミングで可愛らしいご夫婦だった。
他にも、味のある演技をされる方が多くいらして、見応えがあった。
あくまで「ドラマ」であって、現実のご夫婦と多少ちがいがあるかもしれないが、素敵なドラマを見させて頂いた。
「あんぱん」が終わりを迎えたのは寂しかったが、私は何を思ったのか、つい、想像してみた。
もしかして、私たち夫婦も、ドラマにしてみたら、面白いのかも!
いや、ドラマになるなんてありえないし、ドラマに自分たちを重ねるのは、おこがましいことは重々承知のうえである。
年に数回、私がタイミングの悪いところで、地雷を踏んで、夫と大喧嘩をするときの、迫力といったら物凄い。
夫は、この世に存在し得ないくらいの、鬼のような形相で怒鳴りまくる。
私も、勢い余って、怒鳴り返すことがある。
だけど、それが、決まって、私の知らないところで、酒をチビリちびりと飲んでいて、夫がいい感じに出来上がったタイミングである。
いい加減、私も察すればいいのに、そのタイミングに、なかなか気づかない。
そのタイミングで、ちょっとした会話から、夫の怒りを引き出すことが多い。
夫の言うことに納得できずに、正論をぶつけようとするから、ズルズルと悪い雰囲気に引っ張られることになる。
放っておけばいいのにね。
かといって、先日は、彼岸の墓参りに一緒に行ってきた。
この間は、家の近所の柿畑を一緒に見て回った。
今日は、夫が髪を切りに行くというので、タイミングを逃すまいと、一緒について行き、私も美容院へ。
喧嘩をしたことは、割と早いタイミングで、いつの間にかどこ吹く風になる。
意外とあちこちに一緒に行くし、普通に会話をする。
当たり前だが、普段は普通の農家の夫婦である。
昨日、今日は、久しぶりに畑で、時間を共にした。
柿採りの場で、アルバイトさんも一緒だけど。
私が運転できないので、外出となると、行動を共にするのが必然となってくるだけのことだが、考えてみると、面白い。
こんな夫婦、他にはないだろう。
・・・ていうか、ご夫婦の数だけ、ドラマは存在するんだろうなって、改めて気付かされた。
どのご夫婦も、他のご夫婦と、みじんも重なることのないドラマが存在するのだろうなって。
そうなると、一緒に居るだけで、凄いなって。
「結婚」となると、全く環境がちがう、別々のところで、生まれ育った他人同士が重なるわけだから、ドラマの内容としても面白いのかもしれない。
今回の朝ドラによって、「結婚」や「夫婦のあり方」について、改めて思ったり気付かされたことがあった。
