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恐竜博物館へ行った日

ちょっと前に恐竜博物館へ行った。高い天井に吊られるティラノサウルスの全身骨格を眺めていると、ぼんやりとした幼少期の記憶が目を覚ます。

20数年前、私がまだ昆虫博士になりたくてファーブル昆虫記を読みあさっていた頃。虫以外の生き物にも興味を持たせたかった母は、ティラノサウルスの本を私に買い与えた。それまで恋していた虫たちとはスケールがまるで違うその生き物に、私はひどく惚れ込んだ。母の思惑通り私の虫たちへの興味は尽き、代わりにティラノサウルスが大好きな少年になった。彼らの生きた年代や近縁種、体の構造やくらし、筋肉と骨の名前、本に書いてあることはだいたい覚えた。数少ない自慢だ。

そんな知識も進化の過程で全て排してしまった今の私は、博物館では恐竜の顔真似をしてみたり、言いそうなセリフを吹き替えてみたりして楽しんだ。化石はそのほとんどが複製だったが、中には実物もあり、やはりそれはとても希少で壮大な雰囲気を醸していた。

私が恐竜好きになったのを父が聞きつけ、目を輝かせながら「化石を掘りに行かないか」と誘ってくれたのを覚えている。私がインドアの申し子だったのを心配して、何かしら理由をつけて外に連れ出したかったのだろう。

「外に出るくらいなら畳の模様が何に見えるか考える方が楽しい」というタイプだった私にしては珍しく、その誘いはとても魅力的だった。もしかしたらティラノサウルスの骨を掘り当てられるかも、それが叶わなくてもアンモナイトくらいなら見つけられるかもしれない。かっこいい化石を手にする未来を夢想し、それにデレデレと惚れながら化石が掘れそうな山へホイホイと出かけた。

ここで父が当てずっぽうの山ではなくて、きちんと化石掘り体験みたいなものに連れて行ってくれていれば、ひょっとしたら今の私はさかなクンよろしく、てぃらのクンとして名を馳せていたかもしれない。ぎゃぎゃお。

少しティラノサウルスに詳しい程度の小学生と元散髪屋の怪しいサングラスが、タガネとハンマーを使ってせっせこせっせこ知らん山の岩肌を掘り進める滑稽な姿は、痛ましい無知に誘引された犯罪性を帯びていたに違いない。

結局取れたのは植物なのか貝なのか、はたまた特段珍しくもない鉱石か、あるいはただの石ころ。発掘道具以外の持ち合わせは期待ばかりだった為に、機嫌悪くして帰ったんだっけ。地球の歴史ゾーンで地層をつくる堆積物を見ながら考える。私は父の笑顔しか知らないが、あのときの父はどんな顔をしていただろう。あの石ころはどこにやったんだっけな。捨てちゃったんだろうな、きっと。今だったら大笑いして大事にするだろうけれど、あの頃の私にそういうのが分かるとは思えない。

お土産コーナーで化石掘り系のお菓子や懐かしい恐竜のミニスタチュー達とにらめっこしているうちに、なんだか居心地が悪くなってきた。あれもこれも、買ってもらったことがある。全部どこへやってしまったんだろう。あの頃の恐竜が大好きだった少年は、どこへ行ってしまったんだろう。未来はもちろん、現在のことすら正確に観測することができない私だから、せめて過去のことは忘れずに誠実に接していたいと常々思っている。しかし、ゆったりとした時間の波にさらわれ失ったものを見つける度、その形や色が全く知らないものになってしまっていることに驚き、ときに魅入って立ち止まってしまう。この層はあのときのものだったか。こっちはあのときか。ファーブル昆虫記はもう手元に残っていなかった。

ひょっとしたらこれが考古学ってやつなのかもしれない、なんて阿呆な考えを巡らせながら、今日も1日デフォルメされたブラキオサウルスのパペットをモキュモキュして過ごした。ぎゃぎゃお。

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