アスペから見たら日本人は意地悪という説
先日、サッカー日本代表の元キャプテンの吉田麻也選手の「日本は住みやすいが生きづらい」というインタビュー記事が出ていた。
吉田麻也選手はイングランド、イタリア、ドイツ、アメリカでプレーしてきており、海外生活の歴も長い。なので「住みやすいけど生きづらい」とは日本人による“外から見たリアルな日本“としての観測結果だった。
記事の内容は上のリンクから読めるが、要約すると
日本人は人の目線がある時は親切だが、そうでない時は意地悪。
という感じだ。
なんとなく共感できる人も多いのではないだろうか?
みんないる場面では良い子ちゃんを演じつつ、誰も見てない時はネットで誰かを叩いたり、相手へ配慮しないことを平気でやったりする。
特に私は人の目線があるコミュニケーションにおいても日本人は意地悪だなと痛感したことが何度もある。
なぜ日本人は意地悪だと痛感できたか?
それは私も実質外国人のようなものだからだ。

日本では察することそのものがコミュニケーション能力として制度化されている。
その環境で、察する能力を持たないアスペの私は、日本人でありながら、コミュニケーション文化的には外国人として生きているようなものだ。
アスペの私が感じる日本人の意地悪さをいくつか挙げていこう。
①周りと違う意見を認めない
「私はあなたと考え方が違います」というのを日本は出しにくいように感じる。
多数派と異なる意見は、内容以前に「空気を乱すもの」として扱われやすいのかもしれない。
正誤や合理性ではなく、同調しているかどうかが評価軸になってるからかもしれない。
②質問がしにくい
疑問を抱くことや批判をすることも「変なこと」であるかのように感じてしまう空気感がある。
単に分からないことを確認する行為でさえ、「理解力が低い」「場を止める」と受け取られがちだ。塾で質問する人は少なかった。これの結果として、黙っている方が安全という空気が生まれてる。
③前例がない意見を認めない
過去にやったことがない、という理由だけで否定される。とにかくリスク回避文化だ。新しさはリスクとして扱われ、思考停止の免罪符として前例が使われる。
④自分の意見をそもそも言わない
私が最も気になるのは、みんな自分の意見を言わないのだ。スタンスを明らかにしない。スタンスとまで言わなくても、「こうして欲しい」「◯◯が条件がいい!」と言った希望すら口にしない。
ひょっとしたら立場を明確にすると責任が生じるため、あえて意見を言わないのかもしれない。
もはや沈黙は中立ではなく、空気に乗る側に回るための戦略になってるような。
⑤言ってないのに「分かっていない」と不満を出す
アスペが一番苦しむのはこれだ。言ってない事に対して、こちらが汲み取ってないと不満を出される。希望してるのはあなたで言わない選択をしたのはあなたなのに。まるで後出しジャンケンのようだ。
さらに驚きなのが、説明ないのに察していないことで責められると、なぜか評価が下がるのは察してない方なのだ。これではちゃぶ台返しがいくらでも有効となってしまう。こんな理不尽なことはない。
⑥「察していない」が「配慮がない」にすり替えられる
これもまた不思議なすり替えが起こる。能力の問題であるはずの「察せなさ」が、人格の問題に変換される。結果として、ズレはミスではなく人格の欠陥として扱われる。全くもって意味不明だ。
なぜ日本人は意地悪なのか?
”アスペ“という外国人の私が感じる意地悪さを文字に書き起こすと、日本人はなかなか意地悪ではないだろうか?
それでは一体なぜここまで意地悪なのだろうか?
ひょっとして、日本では周囲の目線が常に意識される環境の中で、
自分のスタンスをあえて表明しないことが、美徳として機能してきたのかもしれない。
何も言わなくても、
「周りと同じ立場です」
「波風を立てる意図はありません」
というメッセージが暗黙に共有される。
会話を通じて立場をすり合わせる必要はなく、
沈黙そのものが同調のサインとして働く社会。

それは、顔が見え、逃げ場のなかった村社会において、
目立つことや異論を唱えることが直接的なリスクになっていた時代の名残なのだろう。
村八分という言葉があるくらいだ。時代的な流れから、とにかく異論を出すことのリスクが大きかったのが日本という国なのかもしれない。
だから日本の会話では、
意見を言う人よりも、
何も言わずに空気に溶け込む人のほうが「分かっている人」になる。
そして、私みたいなアスペで空気を共有できない者は、
敵対者ではなく、
「察しが悪い」「配慮が足りない存在」として静かに外側へ押し出される。
こういう構造だろう。
アスペの私が感じる日本人の意地悪さは、
日本の沈黙による同調を前提とした文化と、アスペの言語化を必要とする認知特性との衝突の結果なのかもしれない。
まあ、なんにせよアスペが日本で生きづらいのは確かだ。文句を言っても文化は変わらないので、アスペ側は上手く生きていく適応術を身につける必要がある。一緒に頑張ろう。
