エリートから脱落した東大卒ASDの自己紹介
初めまして、東大卒AIオタクアスペ君です。これまでXを中心に投稿していましたが、これからはnoteもしっかりやっていこうということで今回が初投稿となります。
この記事は2025年9月6日の土曜日の夜11時くらいに書いています。貴重な土曜の夜にnote書く人なんて少ないでしょうけど、これから本気でやっていこうということで、思い立ったが吉日ということで土曜の夜ですが書いています。

さて、今回は初投稿ということで、自分がどんな人間なのかも含めて自己紹介をしていきたいと思います。
神童時代(まだ"面白いね扱い")
小学生の頃から勉強は得意でした。
テストではいつもぶっつぎりで1位、先生に当てられても即答。
それだけでも十分“優等生”なのに、運動神経も抜群で、50m走では学年で一番。もちろんリレー選手で大活躍。
勉強も運動もできる「神童」っぽいポジションを獲得していました。
……ただし、同時に「なんか変な子」とも言われてました。
変わったことばかり口にしたり、授業中に延々と質問したり。
子供の世界では“個性的”がまだ笑い話で済むけど、僕の心の中では「自分はみんなと違うんだな」という感覚がずっと残っていました。
自由すぎる校風にフィット!

中学に進学したのは、都内の某御三家。
最寄り駅に油そばの名店があるあの学校です。
そこは、天才と変人のパラダイス。
勉強系オリンピック常連の友達がいれば、なぜか学校にピアノを持ち込むやつもいて、謎解きするやつもいて、文化祭では誰かが勝手に新しい祭を立ち上げる。
常識の方が少数派という環境でした。
そんな自由すぎる校風は、僕にとってまさに“居場所”でした。
小学校では「変な子」と呼ばれていた僕が、ここでは「むしろ普通」になる。
むしろ「変じゃないと浮く」くらいの世界で、とても心地いい学生生活でした。
高校時代はずっと部活で、勉強なんて知らん!
中高一貫校に入ってからは、とにかく部活一色。
平日はもちろん、休日も朝から晩まで汗だくになっていました。
「せっかく御三家に入ったんだから勉強しろよ」と言われても耳に入らない。
気づけば高3までほぼ勉強せずに過ごしてしまいました。
東大受験落ちちゃった、、、、
そして迎えた大学受験。
当然ながら――落ちました。
「まあ、あれだけ勉強してなければそうなるよな」という結果です。
ただ、不思議とショックはあまりなく、「浪人すればさすがに受かるだろう」とどこか楽観的でした。
浪人して予定通り東大合格
そして浪人生活。
現役時代の“勉強してなかった分”を取り戻すだけの一年。
生活はシンプルで、授業と自習だけ。ルーティンを好むアスペにはもってこいの環境で、正直まったくストレスなく勉強を一年間続けられました。模試もA班ばかり。まあ受かるだろう。
その結果、予想通り東大に合格しました。理科一類というところに入りました。
「まあ、やればできるんだな」と妙な自信を得た瞬間でした。
大学生になってアスペ認定され始める

大学に入ってみると、高校の頃とは少し違っていました。
高校時代は周りが天才か変人ばかりで「自分の変さ」が全然目立たなかったけれど、東大とは言えどでは割と“普通”の人が多い大学。
そのせいで、僕の発言は時々ズレて聞こえるらしく、会話がかみ合わなかったり、空気を無視して突拍子もない質問をしたりすると、友人から
「お前、アスペっぽいな」
とよく言われるようになりました。
ただ、不思議と深刻な扱いではなく、
「まあアスペでおもろいやつ」というポジション。
いじられつつも一応は受け入れられていたので、そこまで困ることもなく、周りの理系の人と同じように工学部から大学院へと進んでいきました。
大学院行ったけど、そもそも学問に興味ない!
大学院まで進んだものの、実は僕は勉強も学問がそこまで好きではありませんでした。
昔から「できるからやる」だけで、心から学問にワクワクしたことはほとんどなかった。まあテストで正解だったときは気持ちいいかなくらい。
だから研究職や理系就職という道にはどうしても気持ちが向きませんでした。お給料もそんなに良くないし。
研究職は受けもせず、外資系企業へ
ということで結果的に選んだのは、理系っぽい進路ではなく外資系の企業。
理由は単純で、「なんかカッコよさそう」「成長できそう」というノリ。
でもここからが、本当の意味での試練の始まりでした。
社会ってアスペに厳しくね????

会社に入って痛感したのは、社会で求められる能力は「勉強の延長」とはまったく違うということ。
論理を組み立てる力や、専門知識を積み上げる力よりも、
「人にうまく伝える力」「チームを巻き込む力」「お客さんと気持ちよくやり取りする力」が圧倒的に重要でした。正しいかどうかよりも「それっぽい内容で伝わるかどうか」が圧倒的に大事なんです。
いずれも僕にとって致命的に苦手な分野。
そしてこれまでの人生でまったく取り扱いなかった領域。
同期が次々に昇格していく中で、僕だけが取り残される。
「あ、自分は会社という世界では生き残れないかもしれない」
そう思わざるを得ませんでした。
自分は本当にアスペか?と気になり心療内科へ
あと、これまでアスペアスペと言われ続けてきたけど、本当に自分はアスペなのか気になっていました。
そこで心療内科へ行き診断してもらました。テストやら「実の成る木を描いてください」という意味深なテストらを受け、無事ASD認定受けました。何点満点かは不明なテストで33点以上だったらアスペらしいのですが、36点だったそうです。100点満点だといいな。
やっぱり自分はアスペで、会社で人とうまくやり取りして仕事進めていくのは向いていないんだな。正式にASD認定を受けて、妙にほっとした気分にもなりました。
ASDとして別の道を探し始める
絶望的に向いていない環境で、このまま消耗していくのは違う。
そう感じた僕は、「会社以外の場所」に活路を探すようになりました。
というより、探さないとダメだなと思うようになりました。
これが自分のアカウント名の「エリート脱落アスペ君」の由来です。御三家→東大→東大院まで出て脱落するなんて(しかも世の中で求められてるらしい理系人材なのに!)、よっぽど社会と相性が悪いんじゃないかって思ってます。多分自分は会社勤め向いていない人種な気がします。
じゃあ、自分は何も光るものないのか。
いや違います。最低限勉強はできた。運動もまあできるほうだ。
他にもアスペだからこそできること。アスペだからこそ必要とされる居場所。
それを模索しているのが、今の僕です。
そしてそれを探している様をnoteで表現していければと思ってます。
エリートコースから脱落した東大卒ASDの今後
そんな感じで、ここまでざっくりと自分の経歴を紹介してきました。
やっぱり社会に出て一番痛感したのは――
「アスペに社会、厳しくね!?」
ってことです。
他の人がExcelで思いっきり計算間違えてても、数字の目標が未達でも、
「まあ仕方ないか」で済むことが多いのに、
僕がちょっと“普通じゃない反応”をしただけで、
異常なくらい突っ込まれたり、必要以上に怒られたりする。
とにかく違和感がすごい。
「え、社会ってこういうものなの?」
「思ってたのと全然違うじゃん」
っていうのが正直な感想です。
今回は“経歴編”ということでここまでにしますが、
これからは アスペとして日々感じていることや、今後どんなことをしていくのか を、少しずつ書いていこうと思っています。
同じように悩んでいる人に、少しでもヒントを届けられたら嬉しいです。
