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sitar修理・調整日記 18日目

今回はパンチャム、カラジの調整方針をシミュレートして決めます。

構造上の問題でシタールの4弦はフレット音痴です。3弦にも若干のズレを感じます。
では、マイクロトーンのズレはどのように感じられるのか?
・3cent:この程度のズレなら一般的に気にならない。調弦時に唸りとして感じらる。
・5cent:ゆっくり静かなシーンで気になる。
・10cent:他の音が重なっていても違和感を感じる。
一般的にはこのように感じられるそうです。3弦はミーンド中心のアーラープに限り若干のフレット音痴には目をつむれます。西洋音楽のような伴奏が無ければ目立ちません。しかしフレットワーク中心の速いパッセージで3弦、4弦まで横断すると相対的な音ズレが浮き立ちます。奏者として音ズレは5cent未満に収まって欲しいところです。

この問題には2つの原因が有りす。
原因①ナットとフレットがアーチ形状なのにブリッジがフラット形状である事。構造上、適切なブリッジ高に設定出来るのは1弦2弦だけです。3弦4弦は1弦2弦よりブリッジを高く設定された状態で、弦高は高くなり、フレットを押さえるとその分音がシャープします。

ルドラヴィーナやサラスヴァティーヴィーナはフレットもフラットです。ミーンドし易く改良された際に低音弦が犠牲になったのでしょう。
原因②E/σが大きい事。弦を押さえた時の歪の大きさと音程シャープ量は下記近似式で与えられます。(詳細はこちら)

歪率、周波数変化量、音程変化量は正比例

Δcent=(600/ln2)・(E/σ)・ε
と書き換えると、音程変化量は弦の歪を変数とした1次関数となります。傾きを
 k=(600/ln2)・(E/σ)
と置き、1〜4弦に相当するEとσを代入した傾きをk₁〜k₄とすると、これらの比は同じ歪における音程変化量の比となります。比を取ると600/ln2は消えるので着目点はE/σの大きさのみです。つまり、E/σが大きい程音程はシャープし易く、比を見ると何倍変化するかが分かります。
k₁〜k₄の比を計算すると、
 k₁:k₂:k₃:k₄=1.00:0.86:1.50:3.27
一定の歪に対するシャープし易さを示す比なのでシャープ感度比と呼ぶこととします。
このように、4弦は同じ弦高でさえ1弦の3倍以上シャープします。

原因①②による音程ズレをどのように改善すればよいか?
対策①3弦、4弦が通るナット、フレット形状を持ち上げ、フラット形状に近付ける。
問題点とし、フレット交換を要するメンテナンスが私にしか出来なくなる事。
対策②ナット位置、スケール長をオフセットする。当該フレットで音程がシャープするという状態は、スケールに対するフレット位置がハイポジション寄りに位置すると言い換えられます。つまり、ブリッジ位置をオフセットする事で適切なスケールに落とし込めたら改善されます。しかし、1弦を基準に位置調整されたフレットが他の弦のスケールを変えただけで完全に乗る事は有りません。厳密にはフレットの微調整も必要ですが、弦毎の微調整は不可能です。
一方、弦を押す事で生じる歪率はスケールを底辺、弦を斜辺とする三角形から算出されます。幾何学的にはナットに一番近いフレットで斜辺の和は最大化し、歪率も高くなります。つまり、スケール調整後にも残る理想位置からのズレは1fで最も拡大されます。1fの位置調整は、ナット位置をオフセットする事で直接的に改善する事が出来ます。この調整は同時に2f以降の位置関係を乱すため、スケール調整とのバランスが大切になります。

以上の調整手段を使い、①が行えた事を前提に②のベストバランスをシミュレートして探します。実際は純正率を使いますが、検討モデルには計算し易い平均律を使います。
手順①1弦の音程が平均律からズレないよう位置調整された1f〜7f位置と弦高を決定する。2〜4弦のナット、フレットカーブが1弦と同条件に調整されたと仮定し、弦高も同じ値を用いる。
測定誤差を減らすためスケール、1f弦高、7f弦高の3点のみ実測し、他は算出する。
②2〜4弦について、ナット位置、スケールを変更する事で音程ズレ範囲が最小となる領域を検討する。

下記パラメータでシミュレートしました。
実測値
 1弦スケール:S₁=880mm
 1弦1f、7f弦弦高:H₁₁=1.2mm、H₁₇5.0mm
チューニング(A=440Hz、Sa=D)
 1弦:G3(195.998Hz) 2弦:D3(146.832Hz)
 3弦:A2(110.000Hz) 4弦:D2(73.416Hz)
物性値(ヤング率E、密度ρ)
 ピアノ線:E=2.0×10¹¹Pa、ρ=7850kg/m³
 銅弦:E=1.10×10¹¹Pa、ρ=8960kg/m³

シミュレート結果

EXCELシートの内訳
・実線囲みは入力値です。1弦〜4弦個別に条件入力出来るようになっています。黄色塗り潰しが結果です。
・弦の初期応力σ算出
1弦〜4弦のヤング率E、密度ρ、スケールL、チューニング周波数f₀を入力すると次式により弦の初期応力σ₀が算出される。
 σ₀ = ρ(2Lf₀)²
弦の張力を応力として扱う事で、弦のゲージ要素を織り込むことができる。
・フレット位置のシミュレート
フレット位置は全弦共通なので1弦でのみ計算する。仮想スケールLiを入力する事でnフレットのナットからの距離xnを返す式を用意した。また、微調整用の項目xadjを設けた。Liとxadjの組合せで平均律からの音程ズレ0centとなるフレット位置xnを探す事ができる。

・弦高の算出
実測した1f,7fの弦高とシミュレートしたフレット位置から2f〜6fの弦高を算出する。フレット頂点は同一直線上に有るとするモデルで考える。フレット位置xnでの弦高hnは次式で与えられる。この値は自動計算されます。

・弦を押さえた時の歪率εの算出
弦における歪とは伸びの事です。歪率εは、下図のように弦が成す三角形の、斜辺の和/底辺から求まる。純粋な幾何学的計算なので太さや材質葉関係有りません。

・弦を押さえた時の音程変化量Δcentの算出
この値は各弦の特性を知るのに役立つ参考値です。押さえたフレットでの音程変化では有りません。押さえる事による応力増加と弦長増加が音程何centに相当するか換算した指標です。言い換えると、押さえた時の伸びを仮にナット位置と調弦を変えて振動出来るよう再現出来たら何centシャープして振動するか、と言う内容です。
音階は基準とする周波数f₀に対する比として定義される。centはその比を1200回掛けると1オクターブになる、より小さい比率を使い次式で定義される。
 Δcent=1200log₂(fn/f₀)
f₀は開放時の周波数。fnはnフレットで押さえた時の応力、弦長増加スケールでの周波数です。周波数f₀はスケールL、応力σ、密度ρから次式で求まる。

周波数fnは歪率計算で用いたLnが使える。応力σ'は開放時のσにEεnを加えた値が使える。これらを代入すると次式が得らる。

nフレットを押さえた時の音程変化量

・弦を押さえた時の平均律からの音程ズレ算出(検討の重要項)
フレット位置は「フレット位置のシミュレート」で示した式から算術的に求めた。しかし現実的に押さえられた弦は弦高分伸びて音程がシャープする。1弦の場合、それを相殺する為フレット位置をフラット寄りに移動させる。調整後nフレット位置における振幅長Lnと歪率εn分の応力増加値からfnが求まる。nフレット割当てられた音階の平均律周波数Fnからfnを引いて0Hzとなれば、そのフレット位置は正しく調整された事になる。周波数を用いると高音と低音で比較する値の桁が大きく異なり不便なのでcentで比較する。cent換算すると次式で音程ズレが求まる。
 Δcent=1200log₂(Fn/fn)
平均律Fnもフレット位置同様、算術的に求まる。名前の由来通り計算で均等に周波数が割られています。
fnは歪率計算で用いた振幅側の斜辺の値l₂n、密度ρ、応力σ'から求まる。これらを代入すると次式が得られる。EXCELシートのcent_gap列の自動計算式です。

1弦フレット位置はこの値が0になるよう調整しました。
【ナット、ジュワリ位置オフセットの検討】
2弦〜4弦を弦を押さえた時の平均律からの音程ズレは1弦のフレット位置に連動し、自動計算されます。2弦〜4弦についても初期値に1弦と同じスケール、ナット位置オフセット0を入力します。これはナットとフレットカーブのみ調整した状態を意味します。7fに注目すると、2弦は1.9centフラット、3弦は7.1centシャープ、4弦は32centシャープする事が分かります。
●2弦のズレはlow positionに限って問題ありません。但し14f付近などhigh positionではかなりフラットして感じます。
●3弦は辛うじて我慢できなくもないです。
●4弦は全フレット使えません。

1弦のフレット位置決めに利用した仮想スケール同様、2弦〜3弦のスケールパラメータを変えてフレットに乗る値を探します。但し、フレットが動かせないので微調項目は有りません。
目標は1f〜7fの音程ズレが最も狭い幅に収まるスケールを見つけ、ナット位置をオフセットさせる事で各フレットでのズレを±5cent以内に収める事です。
2弦は-2mm、3弦は+7mmジュワリの当たり位置だけのオフセットで1cent未満に収まりました。ジュワリの縦幅が25mm程有るので現実的な値です。
4弦はジュワリ当たり位置+23mm、ナット位置+2.5mmで1cent未満に収まりました。縦幅25mmのジュワリでは条件がタイト過ぎるので現実的な値を再検討しました。ジュワリ当たり位置+10mm、ナット位置+5.6mmを選ぶと±3.5centに収まりました。
別条件も確認しました。3弦はナット位置+1.8mmのオフセットでジュワリ当たり位置を変えずに±1.9centに収まりました。また、2弦は1弦と同条件でも-0.5〜-1.9centしかズレません。

このようにナット位置のオフセットはジュワリの当たり位置を大きく変える事なくlow positionの音程ズレ幅を狭める効果を持ちます。Pt.Nikhil Banerjee時代のHiren Roy製シタールでオフセットブロック付きモデルを見る事ができます。いつしかオフセットブロック付きシタールは見られなくなりました。恐らくユーザーも製作者も効果を理解していないため需要が無くなったのでしょう。

【方針】
メンテナンス性も考慮し、下記寸法で調整を進めたいと思います。
・ナット、フレットカーブ補正
・2弦:調整なし
・3弦:ナット0mm、ジュワリ+7mm
・4弦:ナット+5.6mm、ジュワリ+10mm

1弦〜4弦のジュワリ当たり位置

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