DJAirの恥の多い人生でした。Vol.42
今日は非常に気分がモヤモヤしています。あんまり良い状態ではありません。手帳を取ったら大した仕事が出来なくなって自立が遠のくって身内に言われたのが効いてるのかもしれません。
これが真実かどうかは別として、嫌な気持ちになったのは言うまでもありません。こっちとしてはそれはそれとして、手段を択ばず早く普通の土俵に上がりたいと思っているだけです。使えるもんは使ってでもってだけなので、そういう押さえつけられ方と言うか、余計な事言ってくれたな。とは苦々しく思います。
とは言え、そういうメリット・デメリットを切り分けて考える事は大切です。こういう事に詳しい人に話を聞きに行きながらより良い選択をしたいと思います。さすがにこれ以上メンタル壊せないのでそういうとこに配慮いただける職場があれば良いなとは切に願っております。
とはいえ、世間の環境ってそこまで進んでるんでしょうか?そこまでの配慮をしたうえで業務が滞らず動くほどリソースに余裕がある会社があるのか?と思うと実際疑問があるのは確かです。
元々経営者ですし、その環境の厳しさたるや身に染みておる立場だった人間の感覚で言えば、ある種そういう不安定化要因を補助金が出るとは言え雇い入れしたいか?と冷静に考えるとまさにそこがネックになって及び腰になるのは確か。
補助金とその人に払うサラリーが行って来いで済むくらいの額が出るのならそんなうまい話はないとそういう方で埋めて行くのはアリでしょうが、現状さほど良い額が出るわけではないのです。
ただ、ここの手厚くしすぎると悪用する企業が出てくるのは世の常というか、コロナ補助金での不正受給問題があとから一気に表面化してきたのは記憶に新しいところ。
私個人としては性善説を信奉しているような人間ではあるので、そういう制度の悪用などと言うのは考えて欲しくないのですが、その実世の中そうではないのは、皆さんもご存じのところ。
知恵者であればあるほど、制度の穴がより見えてしまい、それゆえにその誘惑に勝つのは難しくなる。人間に知恵がついたのはやはり悪だったのか?そう考えると、エデンで神が知恵の果実に手を付けるなとそう言いつけていた言葉の意味もわかるものですが、知恵が全て悪とするならば、この世界は悪に染まり切っているとなってしまいます。
現在の人類は知恵の恩恵をまさに毎日受けていて、そこからは離れる事が出来ないほど、深くその中に沈み込んでいるんですが、それが悪だと言うのはあまりに絶望的すぎますし、その知恵で得た知啓によって救われ生きている人間の方が圧倒的に多いと考えると、業は深いもののそれを甘受する事で幸福を得ているのも確か。
知恵という言葉を使い知啓と言う言葉を使い、今度は知性を使おうと思いますが、現在に至るまでの知啓により整備された空間と言うか社会と言うかその中で様々なルールが生まれてきては消えても居るわけですが、それらを個の知性によってどう使うのか吟味し、個と集合にとってある種の交叉ないし共通項になるような、70点の知識の使い方を少なからず持ち合わせた知性で探していかないといけない気がしています。
さて、長くなりました。今日はこの辺にしましょう。
どうやら己の不満を抱えると、社会正義みたいな部分と照らしわせて自分が外れてないか確認するような節が見て取れて面白いですね。
今日も恥の多い人生でした。DJAirでした。ばいばい。
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