(memo)ダマシオのホメオスタシス概念とアロスタシス理論

アントニオ・ダマシオは『デカルトの誤り』(1994年)などで、身体の恒常性(ホメオスタシス)維持を意識・情動の基盤と位置づけた。例えば『意識とは何か』(2000年)以降の著作では、「ホメオスタシスこそが生命をサバイバルに適合させる力であり…感情(feelings)は身体内の瞬間的なホメオスタシス状態の主観的経験である」と述べている。 すなわち、身体から脳に伝わる生体情報を元に「ソマティックマーカー仮説」を提唱し、現時点の生理的均衡状態(ホメオスタシス)を中枢が読み取り、意思決定や意識生成に反映すると主張している。

一方で、アロスタシス(allostasis)理論はSterling & Eyer(1988年)らによって導入され、「変化を通じた安定(stability through change)」を強調する。彼らは、環境変化への適応のためには「体内パラメータの防御レベル(目標値)を必要に応じて変化させうることが重要である」と定義した 。従来のホメオスタシス概念が固定的なセットポイント維持(いわば反応的なフィードバック制御)を想定していたのに対し、アロスタシスでは(1)予測的・学習的な調整、(2)セットポイントの可変性、(3)脳中枢による統合的制御 といった要素を組み込む 。例えばSterling(2004年)はホメオスタシス概念を「不十分」「旧態依然」と考え、場合によってはホメオスタシスをアロスタシスに置き換えるべきとまで主張している 。  McEwenらも「ホメオスタシスは生存に不可欠なパラメータにのみ用いるべき」と提案し、それ以外の調整ではアロスタシス的視点が有用だと指摘している


ダマシオに対する批判の有無

以上を踏まえて、ダマシオがホメオスタシスという用語を使ったことに対し、学術的にアロスタシス用語の使用を批判する議論が存在するかを調べた。現時点で入手可能な論文や書評、専門家コメントを検索した限りでは、ダマシオ自身の用語選択を直接批判する文献は見当たらなかった。ダマシオの著作は主に神経科学・哲学的文脈で書かれており、アロスタシス理論が主流となったのはその後のことである。Sterlingらの論文McEwenらの議論 はアロスタシスの優位性を説くが、これらでダマシオ個人が名指しされることはない。評論家や学者が「ダマシオは『アロスタシス』を使うべきだった」と明言した例も確認できなかった。ブログ等で「ホメオスタシスは反応的、アロスタシスは予測的」などの意見が述べられているものの、学術文献としての論拠には乏しい(例:あるブログでは「Allostasis=予測、Homeostasis=反応」との指摘あり が、専門誌ではない)。


アロスタシス理論から見たダマシオ批判の妥当性

直接的な批判は見つからないが、現代のアロスタシス理論に照らして検討することは可能である。アロスタシス視点では、組織が生存に最適な状態を維持するには予測的・動的に調整することが肝要とされる 。ダマシオは意識・感情生成における「身体からの情報」という点を強調したが、その説明は「現在の身体状態(ホメオスタシス)が脳にフィードバックされ、意識が構築される」という枠組みである。すなわちダマシオの説は生体信号を重視する点では先進的だが、調節の予測的な側面への言及は薄い。これをもって「古いホメオスタシス概念にとらわれている」と批判することは、現代の調節理論を持ち出せば理屈として可能である。

しかしながら、ダマシオが批判されずにきた背景にはいくつか理由が考えられる。第一に、彼の著作は生物学的詳細というより「心と身体の統合」というメッセージを伝えることが主眼であり、学術的議論で一般化したアロスタシス用語が用いられなくても内容の誤りを意味しない。またSterlingら自身も、ホメオスタシスとアロスタシスは補完的な枠組みと捉える立場を示している 。たとえばMcEwen(2004年)は「ホメオスタシスは生存に直結する重要なパラメータに適用されるべきで、その他の調整過程にはアロスタシス概念が有効」とした。ダマシオの議論では「生体の好ましい状態を維持しなければ(生命は)脅かされる」という前提があるため、彼のホメオスタシス論はむしろMcEwen的な「生存クリティカルな調節」とみなせるとも言える。

結論として、ダマシオの著作を通じてホメオスタシス用語が多用されたことに対し、学術的に「アロスタシス用語にすべきだった」とする批判例は確認できなかった。現代のアロスタシス理論を踏まえると、彼のモデルが予測調節の側面を含まない点は指摘できるものの、それは用語の問題というよりモデルの視点の違いともいえる。ダマシオの論旨は「身体からの恒常的情報が感情・意識を形成する」というものであり、アロスタシス的なダイナミックな調整を明示しなくとも大局的には整合している。従って、あえて批判を加えるならば「ダマシオの議論をさらに発展させる視座として、アロスタシス的な予測的制御概念を加味すると有益かもしれない」という程度に留めるのが妥当である。具体的には、Sterling & Eyerらが示すように**適応的な恒常性維持(アロスタシス)**の視点は、ダマシオ理論の生体調節理解をさらに深める可能性がある 。しかし、少なくとも現時点で「ダマシオは誤った用語を使った」という形の批判根拠は見当たらない。

参考文献: Damasio(1994)、Sterling & Eyer(1988)などに加え、Zhang et al.(2014)Sterling(2004)Koob & Le Moal(2001)、McEwen(2004) らによるアロスタシス理論の解説を参照した。


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