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客扱専務車掌奇譚


プロローグ

客扱専務車掌。
国鉄では普通車掌を何年か経験すると、ステップアップとしてこの職種にトライすることが出来た。
列車内での車掌業務を一手に引き受ける、という意味では普通車掌とそれほど変わらない職掌範囲だが、それが長距離列車となると勝手が変わってくる。

まず乗れる列車が違ってくる。
普通車掌は普通列車、都市部の車掌だと各駅停車や快速列車ばかりだが、客扱専務車掌―通称の「カレチ」と呼ぶ―カレチは特急や急行列車といった優等列車への乗務が増える。
そして、車内での車掌業務も多岐にわたる。
検札や旅客の申し出に応じて乗り越しや乗り越した先での特急券の発行、さらに不正乗車をしている旅客の見極め、といった普通車掌とは数段深いところを「洞察」する力が必要になってくる。

もちろん、乗り越し精算等は普通車掌も行うが、長距離であるが故に聞きなれない駅から聞きなれない駅への乗り越しや、乗車券の発行、さらには線区外の時刻案内までこなさなければならないため、心労が絶えない職種でもある。
そういった繁忙を極める乗務をしていると、常識では考えられない事に出くわす事もあるようで・・・

出場

「121行路、点呼お願いします」
そういって車掌区の点呼台の前に立ったのは、萩原俊一客扱専務車掌だ。数年前まで普通車掌で実績を積み重ね、カレチの仲間入りを果たした。
ひととおりの注意事項が助役からあって、
「復路の925Mは他所のカレチが本務のため、役割分担を発車前に決めておくように」
と萩原に伝えらえた。

925Mは夜行列車で、深夜帯に他所のカレチが夜通し乗務しているのだが、朝になって通勤通学で利用者が増えるため、萩原が乗ってこのカレチの業務を補助する、という事だ。
他所のカレチと組むことはさほど珍しくはないが、仕事の流儀が微妙に違うためお互い気を遣う。
そのため萩原も
「気難しい人じゃなければいいんだけど」
とやや気がかりな面持ちになる。

この日の萩原は、まず9951列車で〇△駅まで行き下車後が4時間の休憩。そして先述した925Mに「増乗務」する。
9951列車はいわゆる臨時列車だが、この日はこれまで使われていた旧型客車が廃車になり、指定された操車場まで回送される訳だがこの列車が9951列車のダイヤに乗って送り込まれる訳だ。

ホームに出た萩原は、大きく背伸びをした。
〇△駅まではここから2時間半程度。さほど長距離という訳でもないが、慣れない列車なので緊張していた。
ホームの先端に機関士を見つけたので、雑談しがてら近づいた。
「あんたが9951のレチさん?」
機関士がぶっきらぼうに尋ねる。
「ええ、〇△までご一緒します」
萩原も軽い気持ちで答えた。
「レチさん、幽霊列車に乗務したことある?」
「へ?」
機関士の問いに思わず素っ頓狂な声を上げる。

「いや、俺の先輩もこの9951を引っ張ったんだけどその日も廃車回送の客車を4両ほどだったのにさ」
「はぁ」
「ノッチ入れても全然加速しなくて、んでフルまで回してようやく動いたんだってさ」
「へぇ」
「おかしいと思わないかい?誰も乗ってねぇ客車だぜ。軽いに決まってるはずなんだけどさ、まるで重石でも積んでるのかってくらい重くてね」
機関士はつらつらと萩原に語る。
「で、乗務終了の駅に着いて、交替の機関士に引き継いだんだけどさ先輩、どうにも気になるってんで客車を覗きに行ったんだ」
萩原がごくりと固唾を呑みこむ。

「で、窓から車内を見たら・・・なんとそこには!無数のガイコツが!」
萩原は思わず「ひっ」と声を上げる。
「・・・あるんだと思ったんだけど、そういうのは無くってさ」
「なんだ、驚かさないで下さいよ~」
萩原も多少おどけてみせる
「でもガイコツはなかったけど、無数の雑草が座席にまとわりついてたって言ってた」
「雑草?」
萩原が尋ねる。
「うん、まあ先輩が言うには多分九州の田舎にある駅のヤードにほったらかしになってた客車を引っ張ってきたんじゃないかって。ほら、窓なんてしっかり閉めてるかどうかなんて判りっこねぇしな」

廃客車で見たもの

そんな話をしていたら、向こうから機関車の汽笛が聞こえた。
「じゃ、機関士さん。お願いします」
「おう」
そういって機関士と萩原は分かれて、到着した9951列車に乗り込んだ。
入線した列車を見たら、なるほど電灯は点いておらず座席もところどころ無い状態だ。
(このまま解体かもしれないな)
萩原はそう感じつつ、車掌室へ向かう。

「9951列車、定時着。状態等異常ありません」
「9951列車、定時着。異常なしオーライ」
萩原は、ここまで乗務してきた車掌と引き継ぎを行った。
「あ、異常はないですけど廃車特有の色んな音が聞こえるので、ちょっと気になるかもしれませんよ」
ここまで乗ってきた車掌が萩原に伝える。
「どんな音ですか?」
「何かね・・・ブレーキシューの当たる音の他に外板が振動で揺れたり、ギシギシといった感じの音ですかね」
それなら気にしなくてもいいか、萩原が納得すると
「じゃあ、気を付けて」
そういって車掌はホームから離れていった。

「9951列車機関士、9951列車車掌です。応答どうぞ」
「こちら9951機関士」
「9951列車発車」
返答の代わりにピーッと甲高い警笛の音が響いて、ガシャシャシャンッ!と客車の連結器が盛大に鳴った。
萩原は前方監視しているが、客の居ない真夜中のホームはポツリ、ポツリと蛍光灯がある以外は漆黒の闇だった。
後方監視も済ませ、ふと前方に向き直ると客車の灯りが外に映し出されていた

(あれ、蓄電池が生きてるのかな)
そう思って、車両の状態を確認するために車内を巡回する。
営業列車と違って連結部は蛇腹がつながっていないが、萩原が通り抜ける事は造作もなかった。
1両目は真っ暗だったが、2両目のデッキのドアを開けると車内は煌々と電気がついていた。
「ほれー、お前も飲まんか」
「ワシのはまだある」
「ほれ、つまみが無くなってるじゃろ」
「おー、気が利くのお」
そんな声も聞こえる。
(慰安旅行の宴会かな)
そう思って萩原はハッとした。自分が乗ってるのは廃車回送の客車のハズだ。人が乗ってるハズがないのだ。

萩原は足早に客室を抜け、隣の車両へ移る。
ここも車内は明るかった。
「長生きはしてみるもんじゃ」
「毎日畑仕事ばっかじゃ疲れるもんじゃて」
「こんな酒ばかり毎日飲めたらええのう」
「まーたバアさまが言っておるわ」
ここも宴会状態だった。
思わず座席に座っている客を見る。
モンペ姿だが、手には酒瓶や折詰を持っている初老の女性がいた。
目があって
「これは車掌さん、あんたも一杯どうかね?」
老婆が声をかける。
「し、仕事中なので、お、お気持ちだけで」
思わずどもってしまう
「あんれ、そうかい」
「失礼します」
老婆の視線を払うかのように萩原は小走りで客室を抜けた。

結局、5両中4両までがそういった謎の「団体」が居座っていた。
機関車の次の客車にある車掌室に逃げ込むと、
(はてさて、どうしたものか)
廃客車は入線時、電灯も点いておらず如何にもな風情だったが、今はまるで地方の団体が貸切で乗ってるかのような雰囲気だった。
(これはひょっとすると・・・)
発車前の機関士の話を思い出す。
今この客車で酒盛りをしているのは、人ならざる存在なのでは?
そう思うと萩原を恐怖心が襲う。
どうしよう、どうしようと思っていると、車掌室のドアをノックする音が聞こえた。

問いかけられる

「車掌さんよう、ワシらこんなに食えなんだから分けにきたよう」
先ほどの老婆の声がドア向こうから聞こえる。
普段なら開けて対応するところだが、廃客車で正体不明の客からモノを分けてもらうほど怪しいものはない。
断ります、と言おうかと思ったが声を上げると何か引き込まれそうな気がして、萩原は脂汗をたらしながら口を押えていた。
「車掌さんよう、居ないのかい?」
そう何度も問いかけられドアノブがガチャガチャ鳴る。

そんな事が何分くらい続いただろうか。
ガチャガチャが続いていたドアノブがふっと静かになった。
あきらめたのだろうか。
ドアをそろっと開けてみる。外は真っ暗だった。
客室の方を見る。真っ暗だった。
萩原は飛び出すように車掌室を出て、客室へ飛び込む。
まさに漆黒の世界だった。
時折、踏切の赤い点滅が車内を照らす以外は、光は一切存在しなかった。
(何だったんだ?)
そう思いながら、客室を抜ける。

そうして最後尾へ行き、車掌室に入る。
そこだけは電灯が点いていた。
ふと減速する気配を感じる。萩原は時計を見る。
〇△駅が近づいているようだった。
やがて構内の電灯が車内に差し込み、何となくではあるがほっとした。

9951列車が〇△駅にあゆみを止める。
「〇△定時!」
そう喚呼して、交替の車掌に敬礼する。
萩原は飛び出すように列車を降り、
「9951列車、定時着。途中・・・異常ありません」
そう伝えたあと
「車内、いろんな音がしますけど気にしないよう」
と言った。
廃客車の中で、酒盛りをしている団体がいて途中で忽然と消えた、なんて伝えたところで俄かには信じてもらえそうにないので、こういう言い方になった。

〇△駅の駅事務所の中にある仮眠室で萩原は横になる。
4時間ほどしかないので、寝れるかどうかは判らない。
ふと天井を見ると、
「車掌さん、やっと会えた」
そういって萩原の目の前にいたのは老婆、の形をした人ならざる者だった。
萩原は意識を失った。

乗務再開

「ーさん、ーらカレチ、起きてください」
その声に萩原はようやく意識を取り戻した。
「ああ、起床時間ですね」
トボけたような声を出す。
起こしたのは〇△駅の宿直担当の駅員だった。
「ええ、それにしても良くお休みになられてましたね」
「え?ああ、疲れてたのかな」
何となく「老婆のようなお化けに驚かされた」とは答えにくい。
「ありがとう、出場します」
そういって仮眠室備え付けの浴衣を脱いで、制服に着替えた。

到着10分前にホームに出た。
ここからの乗車も可能だが、まだ早朝とあって人影はまばらだ。
ややあって925Mが到着。
編成中央にグリーン車があって、他所のカレチが車掌室の窓からホーム監視をしていた。
ドアが開いたので、萩原はこのカレチに挨拶と打ち合わせをしようと車掌室に入った。
が、誰もいない。
おかしいな、今ここでドア扱いをしていたし・・・と訝しがりながらホームに出ると、背後から
「君が増乗務のカレチかね?」
と誰何するような声が聞こえた。
そこには歳の頃だと定年間近の男性が立っていた。盛夏服である白のダブルのブレザーを着込んでいる。
萩原はびっくりし、
「え?ああ、おはようございます。終点までご一緒する萩原です」
ともつれた感じで自己紹介をした。

老カレチ

「私は山本。君はこのグリーンの次から後ろ4両。私は案内、ドア扱いは君、君の担当は最後尾、以上」
紋切口調で言ったかと思うと、この老カレチは車内に乗り込んだ。
あまりのぶっきらぼうさに面喰った萩原だったが、自分の職掌範囲が判ったので最後尾の運転席へ走る。
「ドア、閉よし、時機よし、925M発車」
ブザーを鳴らす。ゴクリと動き出す。
ほどなく、
「おはようございます、おはようございます。今日は〇月×日、時刻は5時を回ったところです。列車は定刻に運行しています・・・」
さきほどの老カレチの声が車内に響く。
続いて停車駅や忘れ物、ごみ箱の位置などを伝える声を聴きながら萩原は車内を巡回する。
早朝だったが結構乗車変更の申し出があり、きっぷの作成に時間を取られた。
時折戻って、ドア扱いをし後方確認が終わったらまた車内へ舞い戻り・・・を繰り返していた。

そんな車内業務をこなしながらも、ふと思ったのは老カレチの車内放送。
そのタイミングの早すぎずなく、遅すぎでもなくちょうど良い感じで降車駅の案内をしており、放送が終わって客がドアの前に並び終わった時点で、萩原がドアを開けどっと客が降りていく。
そして主要駅の乗り換え案内も早口になることなく、よどみなく一定のリズムで行ってて萩原も思わず聞きほれてしまう。

そんなこんなをしていると、次は終点の◆〇だった。
今朝はぶっきらぼうな人だ、と思っていたが今はこの案内技術をいずれ自分のものに、と思わせるくらいにその魅力の虜になった萩原は、一度しっかりとあいさつをし、自分が思った感想を伝えたい・・・そう思ってグリーン車の車掌室をノックした。
しかし声がかえってこない。
おかしいな、と思って
「失礼します。ご挨拶に伺いました」
そういってドアを開けた。
が、そこには老カレチはいなかった。

萩原が見たものは

車掌室の机の上には車補(車内補充券)の束とボールペン、検札鋏が置かれていた。
萩原がしげしげそれらを見ていると、
「〇△駅からの増乗務の方ですか?」
という声が聞こえた。
「今朝方はすいませんでした。ご挨拶に伺えなくて」
見ると若い車掌が立っていた。
この若い車掌も白の盛夏服を着ており、夜通しの激務に顔は紅潮していた。
「あ、いえいえ、私も伺えずにすいません」
萩原が言うと、
「終夜、僕がドア扱いをしていたのですが〇△から先で急に乗り越しへ変更の客が次から次へ・・・」
「はぁ」
「で、駅に停まる気配で『あっ、ドア扱い忘れてる』って思いだして車掌室へ戻ったんですが、ちゃんとあなたがドア扱いをしていて助かりました」
「いえいえ・・・」

萩原はそう答えたものの、ふと疑問に思った。
打ち合わせはこの若いカレチとは行っていない。
ドア扱いは自分の職掌だけど、その始まりはこの車掌に伝えていない。
そして何よりも不可解なのは、あの老カレチは一体何者か、という事だった。

◆〇に着いて、このカレチと一緒に車内点検をした萩原。
ホームに出て、この若いカレチをしばし雑談をしていた。
その中でどうしても、あの老カレチの存在が気になったのでこの若いカレチに尋ねた。
「あの、そういえばグリーン車に乗っていたカレチさんって・・・」
と萩原は言ったが
「え、昨夜は途中までは同僚の増乗務がありましたが、途中まででしたし深夜帯は〇△まで私だけでしたよ」
とこのカレチはあっけらかんと言った。
じゃああの老カレチは誰だったんだ?まさか部外者が車掌業務をしてたとも思えないし・・・

萩原が年格好と、車内放送の巧さやタイミングが絶妙、だけどぶっきらぼうな定年間近なカレチはいないか、と尋ねると
「ああ、それなら僕の師匠かもしれませんね」
聞くと、この若いカレチが拝命したての頃に定年間近のカレチが手取り足取り業務についてレクチャーしていたそうだ。
その中でも車内案内になると、
「早口にならず、かと言って遅すぎず、重要なことを簡潔な言葉で言うんだ。客は必要な情報を耳を澄ませて聞いている。だから回りくどいダラダラした案内だと、客を駅で迷わせる事になるぞ」
口酸っぱくこの若いカレチに教え込んでいた。
なるほど、それなら納得だ・・・と萩原がうなずくと衝撃の一言がこの若いカレチから発せられた。
「でも、一年前に亡くなったんですよね・・・」

エピローグ

「じゃあ、あの老カレチも人ならざる存在・・・?」
この若いカレチと別れた後も、萩原の中では釈然としないものが残った。
2列車続けて「人外」の存在に付き合う結果になった萩原だったが、帰路の列車内で会ったあの老カレチには不思議と恐怖感はなかった。
人ならざる者、とは言え国鉄の車掌としては「大先輩」になるしそしてあの卓越した車内案内技術は、もう一度あって教えを乞いたいくらいに思えるものだった。

◆〇からは他の列車に便乗して、所属する車掌区へ戻った。
「121行路、終了しました。途中異常ありませんでした」
言葉少なく点呼を終えた萩原だったが、車掌としてはこの先経験しなさそうな事ばかりが起こった行路だった。

どっとはらい

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