2時間詰められた見積書は、結局そのまま通った
営業経験ゼロの僕が、5月に走り回って掴んだ入札案件の話
5月に入って、僕は営業に走り回った。
自分の足で調べた。自分で行き先を決めた。一軒一軒、訪問した。
名刺を出し、チラシを渡し、相手の話を聞いた。
営業経験ゼロから始めた僕にとって、営業とは、誰かから教えられた道ではなかった。自分で地図を描き、自分で歩き、自分で転びながら覚えるしかない道だった。
1か月で出した営業報告書は、かなりの数になった。毎日、営業報告書を書いた。どこに行ったのか。誰と話したのか。どんな反応だったのか。
次に何をすべきか。
それを積み重ねた。
気づけば、その月、営業報告書を出しているのは、僕以外ほとんどいなかった。
営業所の中で、僕だけが外に出ていた。
僕だけが、未来に向けて種をまいていた。
4月まで、僕は営業に行かせてもらえなかった。
営業として動くというより、穴埋めの作業員だった。その場しのぎの現場。
空いたところに入る人員。とりあえず使える従業員。そんな扱いだった。
だから、5月に入って仕事が薄くなった時、営業所としては危機だったのかもしれない。
予定表は真っ白に近い。現場がない。
仕事がない。売上も見えにくい。でも、僕にとっては違った。僕にとって、この5月はラッキーだった。
なぜなら、営業に自由に回れるからだ。
仕事がないなら、外へ出ればいい。
予定が空いているなら、未来の仕事を作りに行けばいい。
現場がないなら、営業の時間に変えればいい。僕はそう考えた。
日程の空白を嘆くのではなく、
空白を営業の時間に変える。
その切り替えができるかどうかで、営業所の未来は変わると思っている。
年下の上司は、毎日ルート配送に出ていて、事務所にはいない。所長代理の副所長は、鬼上司とマンツーマンで作業に出る。
そして、その副所長は、正直に言えば何も考えていないように見えた。
今では、彼の言う日程や段取りを、僕はそのまま信じることができなくなっている。なぜなら、何度も間違った日程を、確信を持って言われたからだ。
そのたびに振り回された。確認すれば違う。聞いた話と実際が違う。その場の雰囲気で言っているように見える。
いい加減にしてほしい。
そう思い、僕は長文のLINEで抗議したこともある。彼にやる気があるのか、ないのか。正直、分からない。
おそらく、鬼上司から毎日詰められていて、仕事がつらいのだと思う。
それは分かる。
けれど、つらいからといって、相手の立場に立たなくていい理由にはならない。自分の確認不足で、周囲を振り回していい理由にもならない。
僕は、そこに強い違和感を持っていた。ただ、僕は僕の道を歩くしかない。人がどうであれ、上司がどうであれ、営業所がどうであれ、僕は、自分で決めた道を進む。
5月後半になり、少しずつ種が芽を出してきた。入札案件が2件、同時に来た。ようやく来た。
僕が走り回っていた営業の先に、現実の案件が見え始めた。
しかし、同時に問題も浮き上がった。
今年から入札が電子入札になっていたのだ。電子入札。
聞けば簡単に思えるかもしれない。
けれど、僕の営業所では電子入札ができない。ICカードも登録していない。
カードリーダーも整っていない。設備がない。準備ができていない。
入札日を確認すると、残りはわずか3日だった。僕は慌てて先方に電話をした。設備が整っていない場合、どうすればいいのか。今回の入札は、紙でも対応できるのか。電子入札に切り替わる中で、今年はどういう扱いなのか。
確認した。すると先方は、今回はまだ設備が整っていない業者もあるため、紙での対応も可能だと教えてくださった。
いわば、ハイブリッドの対応だった。
助かった。けれど同時に、僕は思った。来年は、おそらく紙媒体の入札はなくなる。このままでは間に合わない。今すぐ準備しなければならない。
僕はすぐに、年下の上司へ伝えた。
電子入札への対応が必要です。
来年に向けて、準備を整えた方がいいです。ICカードや登録の確認が必要です。
しかし、年下の上司は無反応だった。
僕が「今回は紙でもできます」と伝えると、そこで安心したように見えた。
僕は思った。問題は、今回できるかどうかではない。来年どうするかだ。
目の前の火が消えれば安心する。
でも、その先にもっと大きな火種がある。営業所の弱さは、いつもそこにある。
僕は、2件の案件の見積もりを作成した。年下の上司は毎日ルート配送に出ていて、事務所にはいない。
だから僕は、LINEで入札の打ち合わせをお願いした。そして、今日、年下の上司から言われた。
「あなたの見積もりを見たけど、突っ込むところがいっぱいある。今日の夕方、打ち合わせをさせてください」
僕は夕方、営業から戻ってきて、上司を待った。営業所の皆が帰る。
一人、また一人といなくなる。最後に、事務所には僕と年下の上司だけが残った。
それを見計らったように、指導が始まった。
「あなたの書いた見積もりの一つ一つの説明を読んだけど、ちょっとおかしいところがいっぱいある」
そう言われた。高速代。人件費。出張費。車両代。諸経費。一つ一つ、細かく指摘された。
「この金額じゃだめだから、まずは人件費がどのくらい出るのか、出張費がどのくらい出るのか、全部出してください」
僕は聞いた。
「この金額は、おかしいですか?」
しかし、返ってくるのは、「とにかく一つ一つ出してください」
だった。
仕方がないので、僕は自分が算出した見積もりの内訳を、一つ一つ並べて出した。
高速代。人件費。車両費。出張費。諸経費。出してみれば、実際の差2,000円ほどだった。
全体の見積もりに大きく影響する金額ではない。それでも、彼は言う。
「最初にまともな金額を出して、そこから勝負をかけるんだ」
あたかも、僕に見積もりの基本を一から教えているようだった。
もちろん、それは分かる。
見積もりは感覚で出してはいけない。
高速代、人件費、車両代、食事代、出張費、諸経費。一つ一つを見なければならない。
そんなことは当たり前だ。
そして僕は、そうして出していた。
ただ、車両費を安く見せて、その分を諸経費でまかなう。
ある項目を高くし、別の項目を抑える。見積もり全体の中でバランスを取る。
見方が違うだけだった。
金額の骨格は、ほとんど変わらなかった。
僕は途中から分かっていた。
彼は、おそらく僕を詰めようとしている。
「見積もりが甘い」「考え方が浅い」「自分が教えてやっている」
そういう形にしたかったのかもしれない。
それは、僕にも伝わっていた。
けれど、僕はわざと付き合った。
何時まででも付き合ってやろう。
そう思った。
なぜなら、僕はこの仕事が楽しいからだ。営業して、案件を取り、見積もりを作り、入札に向かう。
営業経験ゼロだった僕が、ここまで来ている。
それだけで、僕にとっては面白い。
上司に詰められたくらいで、折れる気はなかった。時計の針は1時間を超えた。
さらに2時間を超えた。
それでも話は続いた。しかし、結局どうなったか。
最終的には、僕が算出した金額で行くことになった。
意味が分からなかった。
あれだけ指摘し、あれだけ細かく言い、あれだけ時間をかけたにもかかわらず、最終的な見積もりの金額は変わらない。
結局、僕の出した金額で進めることになった。
彼は明日も朝早くからチャーターがある。おそらく、最後は眠くなったのだろう。
「明日、金額を提出して、社判を押しておく」
そう言って終わった。
夕方から深夜まで、この時間は一体何だったのだろう。
僕をいじめたかったのか。
自分が指導している形を作りたかったのか。見積もりは厳しいのだと教えたかったのか。
正直、よく分からない。
ただ一つ分かっていることがある。
僕の見積もりは、結局揺らがなかった。
僕は、この出来事をただの嫌な夜として終わらせたくない。
ここには、学びがある。
営業初心者にとって、見積もりは怖い。
金額が高すぎるのではないか。安すぎるのではないか。上司に怒られるのではないか。お客様に断られるのではないか。
不安になる。
でも、見積もりは感情で出してはいけない。誰かに詰められたから下げる。上司が怖いから変える。雰囲気で調整する。怒られないために合わせる。
それでは、自分の見積もりにならない。
大事なのは、根拠を持つことだ。
高速代はいくらか。人件費はいくらか。作業時間はどれくらいか。車両費はいくら見るのか。出張費は必要か。
諸経費をどう考えるのか。
利益はどこで確保するのか。
一つ一つに理由があれば、詰められても崩れない。
今回、僕は2時間以上詰められた。
でも、最終的な金額は変わらなかった。
それは、僕が感覚だけで見積もりを出していなかったからだと思う。
もちろん、完璧ではない。もっと学ぶことはある。見積もりの精度は、これからも高めなければならない。
でも、自分なりに考え、根拠を持って出した金額だった。だから、揺らがなかった。
年下の上司は、自分で投げたブーメランを、自分で受け取っていた。
僕にダメ出しをするつもりだったのかもしれない。指導するつもりだったのかもしれない。
見積もりの甘さを突くつもりだったのかもしれない。
でも、最終的に残ったのは、僕の見積もりだった。
2件の見積もり金額は、結局変わっていない。
僕はその事実を、静かに受け止めた。
人は時に、相手を否定することで、自分の立場を確認しようとする。
「自分の方が分かっている」「自分が指導している」「自分が上だ」
そう見せたい時がある。
けれど、数字は嘘をつかない。
根拠を並べれば、見えてくる。
感情ではなく、計算が答えを出す。
雰囲気ではなく、積み上げた内訳が物を言う。
その夜、僕はそれを学んだ。
5月、僕は走った。自分で調べ、
自分で訪問し、自分で営業報告書を書き、自分で見積もりを作った。
誰かに背中を押されたわけではない。
誰かに丁寧に教えてもらったわけでもない。むしろ、邪魔されることの方が多かった。
それでも、種は芽を出した。
入札案件が2件、同時に来た。
その芽を見た時、社内の問題も同時に浮き上がった。
電子入札への準備不足。上司の無反応。見積もりを巡る無駄な詰め。未来を見ない営業所の体質。
でも、それでも僕は思った。
これは前進だ。
なぜなら、問題が見えるということは、次に変えるべき場所が見えたということだからだ。
営業に出なければ、案件は来なかった。
案件が来なければ、電子入札の問題も見えなかった。
見積もりを作らなければ、社内の弱さも見えなかった。
動いたからこそ、問題が表に出た。
問題が出たということは、営業所が次の段階に入ったということでもある。
僕はまだ、営業のプロではない。
去年始めたばかりだ。
営業経験ゼロからのスタートだ。
見積もりも、入札も、営業資料も、まだまだ学ぶことだらけだ。
でも、ひとつだけ言える。
僕は逃げていない。
空白の日程を嘆くだけではなく、営業に出た。
案件が来たら、入札の方法を確認した。
設備が整っていなければ、先方に電話した。
見積もりを作り、内訳を出した。
詰められても、自分の数字を崩さなかった。
それは、小さなことかもしれない。
でも、営業経験ゼロの僕にとっては、大きな一歩だった。
夕方から深夜まで続いた、見積もりの打ち合わせ。いや、打ち合わせというより、詰めに近かったのかもしれない。
けれど、僕は全くつらいとは思わなかった。なぜなら、楽しい仕事をしているからだ。
美術品輸送の営業。美術館や文化施設との関係。入札案件。見積もり。
現場の組み立て。新しい仕事を作ること。
この仕事が、僕は楽しい。
だから、こんなことで止まるつもりはない。
年下の上司がどう言おうと、
副所長がどう動こうと、
営業所がまだ古い体質のままだろうと、
僕は僕の道を歩く。
5月にまいた種は、少しずつ芽を出し始めている。
その芽を、誰かの嫉妬や無理解で潰させるつもりはない。
僕は、これからも自分の足で営業に行く。
自分の頭で考える。
自分の言葉で報告書を書く。
自分の根拠で見積もりを作る。
そして、いつかこの営業所に、
「待つ営業」ではなく、
「作る営業」
を根づかせたい。
2時間詰められた見積書は、結局そのまま通った。
それは小さな出来事かもしれない。
けれど僕にとっては、
自分の営業が少しずつ形になっていることを感じた夜だった。
