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丼勘定の仕事が、営業所の未来を削っていく

怒られないために仕事を埋める人と、未来を作るために動く人

先日、あるチャーターの仕事を頼まれた。副所長からの指示だった。

書類を見て、僕は思わず目を止めた。
運送料が、あまりにも安すぎたのだ。

地方へ行く。高速料金がかかる。トラックを1台動かす。人も動く。時間も使う。

それらを普通に計算すれば、この金額では到底合わない。むしろ、赤になる可能性すらある。

僕は副所長に聞いた。

「これ、安すぎないですか。大丈夫ですか」返ってきた言葉は、こうだった。「ないよりはマシなんで」

その瞬間、僕は察した。

これは、売上を上げるための仕事ではない。営業所を良くするための仕事でもない。未来につなげるための仕事でもない。

これは、ただ怒られないための仕事だ。

上司から怒られないために、空白の日程を埋める。忙しく見せる。何か仕事を入れたという形を作る。ただ、それだけの仕事だった。

僕の営業所では、月初めになると日程が真っ白なことが多い。

理由は簡単だ。

営業をしていないからだ。

正確に言えば、こちらから攻める営業をしていない。

既存のお客様から依頼が来るのを待つ。仕事が入れば動く。その現場でついでに話す。いわゆる現場営業だ。

もちろん、現場営業そのものが悪いわけではない。現場で信頼を作ることは大事だ。お客様と直接会える。
こちらの仕事ぶりも見てもらえる。
会話もしやすい。

けれど、それだけに頼ってしまうと、営業所は弱くなる。

なぜなら、仕事を作っているのは自分たちではなく、既存のお客様だからだ。

既存のお客様が営業する。既存のお客様が仕事を作る。その仕事の一部を、こちらに回してもらう。

仕組みとしては、そういう流れになる。つまり、自分たちで市場を作っているのではない。
誰かが作った仕事のおこぼれをもらっているだけだ。

だから頭が上がらない。

トラブルを起こせない。強く意見も言えない。無理な条件でも飲まざるを得ない。場合によっては、こう言われる。

「別におたくじゃなくてもいいんだよ」
「他にも業者はいるから」
「頼んでいるのは、昔の付き合いがあるからだよ」

その言葉は重い。

今の若い世代や現場の人間が、自ら切り開いた信用ではない。
昔の先輩たちが築いた義理や関係性の上に、今の仕事がある。

そのことに気づかないまま、
「仕事が入ってきている」
と思っていると危ない。

それは営業ではなく、待っているだけだからだ。
今回の丼勘定の仕事も、根っこはそこにある。

数日前、鬼上司が言った。

「あいつらを遊ばせるな」
「何でもいいから仕事を入れろ」
「〇〇運送に頼め」

副所長は、その言葉に従う。

〇〇運送に電話をする。
「何か仕事ありませんか」と聞く。
そして、仕事をもらってくる。

ここまでは、まだいい。問題は、その先だ。仕事を取りたい。空白を埋めたい。怒られたくない。

その気持ちが先に立つと、値段の判断が甘くなる。

相手が即答するような安い金額で受ける。利益が出るのか考えない。高速代はどうか。人件費はどうか。
トラックを動かす意味はあるのか。
その1日を使う価値はあるのか。

そこまで考えない。

ただ、予定表の空白が埋まる。

それで安心する。

でも、僕は思う。

空白を埋めることと、営業所を前進させることは違う。

予定表が埋まっていても、赤字なら意味がない。
忙しく動いていても、未来につながらなければ意味がない。
怒られないために取った仕事で、会社の時間を削っているなら、それは前進ではない。

むしろ後退だ。

丼勘定の怖さは、赤字になることだけではない。

もっと怖いのは、大切な1日を、価値の低い仕事で潰してしまうことだ。

人も有限だ。トラックも有限だ。
時間も有限だ。体力も有限だ。

その1日があれば、本来なら営業に行けたかもしれない。
新しいお客様に会えたかもしれない。
見積を作れたかもしれない。
次の仕事につながる打ち合わせができたかもしれない。
社内の仕組みを整えられたかもしれない。

でも、怒られないためだけに取ってきた安い仕事で、その1日が消える。

売上も上がらない。利益も出ない。
信用も積み上がらない。未来にもつながらない。

それでも予定表は埋まる。

この状態が一番危ない。

忙しいふりができるからだ。

忙しいから、頑張っているように見える。仕事をしているから、何かを生み出しているように見える。
車が動いているから、営業所が回っているように見える。

けれど、数字を見れば分かる。中身を見れば分かる。未来を見れば分かる。

それは、ただ消耗しているだけだ。

僕は、その仕事をへそを曲げてやるつもりはない。

指示された以上、やる。現場に出る以上、きちんとやる。お客様に対して手を抜くことはしない。

ただし、僕はその1日を無駄にはしない。どんな仕事の中にも、学べることはある。

道中の段取り。積み方。相手先の対応。時間の読み方。料金の考え方。
何が赤字の原因になるのか。
どうすれば次は適正価格で受けられるのか。この仕事は本当に必要だったのか。

そういう視点で見る。

そうしなければ、1日がもったいないからだ。

僕は、たとえ丼勘定の仕事でも、そこから何かを拾う。

怒りだけで終わらせない。不満だけで終わらせない。無駄だったと切り捨てない。

その現場からも、必ず学びを取る。

それが、僕の小さな抵抗だ。

今、営業所は変革の時期を迎えている。過去のやり方をそのまま続けても、もう通用しない。

昔の義理。
既存のお客様からの依頼待ち。
現場でついでに話すだけの営業。
安くても仕事があればいいという考え。空白を埋めれば安心する感覚。
怒られないために動く上司。未来を見ない管理職。

これらを一度、壊さなければならない。

過去の基礎をすべて払い、新しい基礎を打たなければならない。

当然、反動は強い。

今までのやり方に慣れた人は、変化を嫌う。学ばない人は、考えることを面倒くさがる。
現状維持に慣れた人は、未来を語る人間を煙たがる。
外に出ようとする人間を、勝手なことをしているように見る。

味方は、正直ほとんどいない。

でも、それでも僕は進む。

定年間近の僕が、なぜここまでやるのか。

そう思う人もいるかもしれない。

「そんな会社、早く辞めればいい」
「あなたなら別の会社でもやれる」
「そこまで頑張る必要はない」

そう言ってくれる人もいる。

その言葉はありがたい。

確かに、そういう選択もあるのかもしれない。でも、僕の足を止めているものがある。

それは、今やっている仕事が楽しいからだ。

美術品輸送の営業。
美術館や博物館を回ること。
作家さんと話すこと。
作品を守るための箱を考えること。
地域の文化に関わること。
自分の足で仕事を作っていくこと。

この仕事は、僕にとって面白い。

だから、まだ辞めない。

こんな無茶苦茶で、破天荒で、理不尽な会社の中でも、あと3年、僕は全力で道を切り開いていく。

それは誰かに命令されたことではない。僕が決めたことだ。

僕が目標を立てた。僕が動くと決めた。僕がこの仕事に可能性を見た。

だから、こんな会社でも、僕は迷わず前に進める。

あなたの会社にも、似たようなことがあるかもしれない。

怒られないためだけに仕事を入れる人。赤字でも忙しく見えればいいと思っている人。未来を考えず、今日だけを埋める人。
昔の付き合いだけに頼っている人。
学ばず、変わらず、ただ現状維持を願っている人。

そして、その中で悩んでいる人。

「このままでいいのか」
「なぜ誰も未来を考えないのか」
「なぜ赤字の仕事を平気で入れるのか」
「なぜ自分だけが危機感を持っているのか」

そう感じている人もいると思う。

僕は、その人に届けばいいと思っている。丼勘定の仕事は、ただの計算ミスではない。それは、組織の考え方の問題だ。

怒られないために仕事を入れるのか。
未来を作るために仕事を選ぶのか。

この差は大きい。

1円でも10円でも黒ならいい、という考え方では、未来は作れない。
安く受けて予定を埋めるだけでは、人も会社も育たない。
忙しさで安心しているうちは、変革など起こらない。

必要なのは、仕事を入れることではない。

利益を考え、未来につながる仕事を選び、自分たちで仕事を作る力を持つことだ。

僕は今、静かに狼煙を上げている。

大声で叫ぶわけではない。誰かを倒そうとしているわけでもない。
派手に反乱を起こすわけでもない。

ただ、学ぶ。考える。動く。営業に出る。記録する。見積を作る。お客様に会う。新しい仕事を探す。自分の足で道を切り開く。

それが僕の反転攻勢だ。

丼勘定に流されない。
怒られないための仕事に染まらない。
現状維持を未来だと勘違いしない。

僕は、あと3年で何ができるかを考えている。

この営業所が変わるかどうかは分からない。会社が本気で変わるかどうかも分からない。上司たちが学ぶかどうかも分からない。

でも、僕は変わることをやめない。

未来を削る仕事ではなく、未来を作る仕事をしたい。

そのために、今日も僕は動く。

たとえ味方がいなくても。たとえ理解されなくても。たとえ丼勘定の仕事に振り回されても。

僕は、その中から学びを拾い、次の一手を考える。静かに。ゆっくりと。しかし確実に。

僕はこの会社に、反転攻勢の狼煙を上げている。

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