医師の人生後半は、なぜ「余力」と「数字」で考えるべきなのか-外勤・当直・診療時間・家族時間を、感情ではなく実務として整理する
医師の人生後半を考えるとき、私は「年収」だけを見るのは危険だと思っています。
もちろん、収入は大切です。家族を守るにも、生活を維持するにも、将来不安を減らすにも、収入は欠かせません。
ただ、50代前後の医師にとって本当に重要なのは、年収そのものではなく、そこから何が残るかです。
税金や社会保険料を引いた後に、どれだけ手元に残るのか。住宅費、教育費、車、保険、親の介護、生活費などの固定費を払った後に、どれだけ余力があるのか。
外勤や当直で収入を増やしても、その分、体力、家族時間、判断力が削られていないか。
ここを見ないまま「年収が高いから大丈夫」と考えると、実際にはかなり苦しくなることがあります。
医師は、普段の診療では数字を重視します。
例えば、バイタルサイン、採血結果、indexや指標など。
数字だけで患者さんを判断するわけではありませんが、数字があるから経過を比較でき、思い込みを修正でき、危険な変化に気づけます。
ところが、自分の人生になると、医師でも急に数字を見なくなることがあります。
外勤を減らしたら怖い。
当直を減らしたら迷惑がかかる。
診療時間を短くしたら売上が落ちる。
臨床を減らしたら、自分の価値が下がる気がする。
こうした不安は自然です。ただ、不安を不安のまま放置すると、必要以上に大きくなります。
逆に、疲れや勢いだけで大きく変えるのも危険です。
怖くて何も変えられないことも、勢いで一気に変えることも、どちらも避けたい。
その中間に必要なのが、数字で現在地を見ることだと思います。
私自身、大きな判断をするときには、必ず数字を見てきました。
開業するとき、私はまだ若く、勤務医を辞めることが怖くて仕方ありませんでした。
本当に患者さんは来てくれるのか。
最低何人来れば赤字にならないのか。
損益分岐点はどこか。
固定費、人件費、家賃、設備費を払えるのか。
自分の手元資金で、赤字が何か月続いたら危険なのか。
その不安を気合いだけで乗り越えることはできませんでした。そこで、Excelで収益の試算を何度も行いました。
大げさではなく、100回以上は計算したと思います。
患者数、単価、固定費、人件費、厳しいケース、さらに厳しいケース。
条件を変えながら、どこまでなら耐えられるのかを確認しました。
臨床から離れるときも同じです。医業収入が大きく減ることは明らかでした。そのため、生活費、固定費、不動産収入、法人収入、金利上昇、空室リスク、長期の資金持続性をExcelで検証しました。
私はかなり極端に、相当長く生きた場合でも資金が持つか、金利が5%、6%に上がっても耐えられるかまで見ました。
実際、最近は金利も上がってきています。そういう変化を想定しておくことは、人生後半の設計では非常に重要です。
不動産を購入するときも、私は必ず自分の判定シートを使ってきました。数百万円の戸建てでも、数億円の一棟物でも、基本姿勢は同じです。
土地の価値、建物面積、築年数、家賃収入、空室率、修繕費、金利、残債の減り方、将来売却した場合の価格を見ます。
何年持てば安全圏に入るのか。
何年後に売ると残債との関係はどうなるのか。
そこを数字で確認します。
もちろん、数字を見れば絶対に失敗しないわけではありません。不動産には、空室、修繕、事故、金利上昇、人口減少、管理会社との関係など、さまざまなリスクがあります。
私自身も想定外の出来事を様々経験しており、現在も一つの事故処理に奔走しています。
だから、不動産を安易にすすめるつもりは全くありません。
それでも、数字で見ることは失敗を減らしてくれます。
感情で買わない。
節税という言葉だけで判断しない。
利回りだけで決めない。
最悪の場合と、持ちこたえられる期間を見る。
この考え方は、不動産だけでなく、医師の働き方にも必要です。
医師は社会的信用が高く、収入も比較的高い職業です。そのため、投資、保険、節税、不動産などの営業対象になりやすい面があります。
「医師に人気です」
「節税になります」
「今だけです」
「将来の安心になります」という言葉だけで判断すると、思わぬリスクを抱えることがあります。
だからこそ、何かを買う前に、何かを減らす前に、まず自分の数字を見る必要があります。
外勤を1回減らしたら、年間でいくら減るのか。
月間ではどれくらいか。
固定費を引いた後の年間余力は残るのか。
その代わり、月に何時間戻るのか。
それは何日分の自由に相当するのか。
その時間を、家族、健康、学び、次の役割に使えるのか。
医師の人生後半で見るべきなのは、単なる年収ではなく、余力です。
資金的な余力。
時間の余力。
体力の余力。
判断力の余力。
家族との時間の余力。
特に最初に見るべきなのは、資金的な余力だと思います。
手取りから固定費を引いた後に、どれだけ残るのか。
もし減収が起きた場合、貯蓄や資産でどれくらい持ちこたえられるのか。
ここが見えなければ、外勤や当直、診療時間を冷静に見直すことは難しくなります。
一方で、数字だけで人生を決めるわけでもありません。数字は、感情を否定するためのものではなく、感情を支えるためのものです。
家族との時間を増やしたい。
健康を守りたい。
仕事を少し軽くしたい。
次の役割を考えたい。
そういう思いを実現するには、現実の数字で支える必要があります。
尊敬する先生から聞いた言葉に、
「人生には3つの坂しかない。上り坂、下り坂、そして、まさかだ。
人生にプラトーはない」
というものがあります。
何も変えないことは安定に見えるかもしれません。
しかし、体力、家族、医療制度、金利、患者さんの流れ、勤務先や地域の状況は変わります。
自分が変わらなくても、環境は変わります。
だから、何も変えないことが本当の安定とは限りません。むしろ、少しずつ変化に対応することで、現状を守れる場合があります。
外勤を続けることが悪いわけではありません。当直を続けることも、診療日数を維持することも、立派な選択です。時には望まないシフトもあります。それは良くわかります。
ただ、本当に変える手はないどうしようもないものなのか、それが自分で選んだ現状維持なのか、怖くて何も変えられないだけなのかは、一度分けて考えた方がよいと思います。
すぐに儲かる話、短期的な節税テクニック、誰かの投資話に乗るための情報を求めている先生には、この考え方は少し遠回りに見えるかもしれません。
しかし、人生後半を本気で整えたい先生ほど、まず数字で現在地を見ることが必要だと思います。
怖くて何も変えられないまま数年を過ごす前に。
まず、自分の余力を確認する。
それが、50代前後の医師にとって、かなり実務的な第一歩ではないかと思います。
